【第33話】パパは引退

 魔王じいちゃんの言葉に真っ先に反応したのは暗黒騎士を演じていた父さんだった。


「パパ、何を······」


「パパァ?」


 父さんが魔王じいちゃんを「パパ」と呼んだことに驚いた僕は、思わず声をあげてしまった。


「父さん、魔王じいちゃんのことをパパと呼んでたの?」


「そうだよ。パパと呼べ、と言われて育ってきたからね」


 父さんは素直に答えた。対する魔王じいちゃんは少し顔を赤らめている。僕は魔王じいちゃんの顔をじっと見つめた。


「じいちゃん、本当なの?」


「本当じゃ。だ、ダメかのう?」


「いや、別にダメじゃないけど······」


 僕はそこまで答えると、魔王じいちゃん暗黒騎士父さんを交互に見つめた。僕は思わず唸った。そのとき、アリサが笑い声をあげた。


「暗黒騎士が魔王にパパと呼ぶなんて、何かなあ!」


 アリサはお腹を抱えて笑い続けた。そんなアリサを見た暗黒騎士父さんは赤面してうつむいた。


「アリサ! 笑うのはやめなさい! せっかくオリスチンさんが大切なことを言おうとしてるときに······」


 マルコロがアリサの腕を軽く引っ張りながらたしなめた。


「だってえ、あの最強と言われてる暗黒騎士がパパって言うんだよ。もう、可笑しすぎてお腹痛い······」


 僕はアリサを見ながら、ツボに入ったんだな、と思ってニヤリとした。そのとき魔王じいちゃんがコホンと咳払いした。それに気がついた僕は、アリサに近づいた。


「アリサ、今後のために、じいちゃんと父さんへの印象を良くしておいたほうがいいよ」


 僕はアリサに耳打ちした。利発なアリサは僕の言葉の意味を察すると笑うのをやめて静かになった。


「失礼しました······」


 アリサは、魔王じいちゃん暗黒騎士父さんに向かって頭を下げた。


「じいちゃん、話の腰を折ってごめんね。さっき口にした、茶番は終わりにする、てどういう意味なの?」


 魔王じいちゃんは頷いた。


「うむ。わしは今日を持って魔王を引退する。本来ならわしが魔王を引退したら、息子のオレクサンダーが魔王に即位するんじゃが、それはもうなしじゃ。魔王も暗黒騎士も、みんな今日で引退じゃ!」


「じいちゃん、それは構わないけど、僕の立場にもなってよ。僕が魔王討伐に向かったことは、たぶん世界中が知ってるんだよ。それなのに、魔王は引退しました、では話が通らないよ」


「我が孫、オリスティンよ。その心配は無用じゃ。我が一族の筋書きでは、魔王討伐に向かった勇者は行方不明になることになっておるんじゃ」


「え! じゃあ、僕は魔王に倒されたことになるの?」


「そうじゃ。そして、暗黒騎士の1人として修行したらどこかの王国へ赴任するんじゃ」


 魔王じいちゃんの説明を聞いた僕は驚いて呆然となった。


「そんな筋書き、ひどいよ! じゃあ、もう母さんに会えないじゃないか!」


「そう、だからこんな残酷な掟や茶番は終わらせようと思うとるんじゃ。分かってくれたかな、オリスティン」


「オリスチンじいちゃん、そんな茶番は絶対に終わらせましょう!」


 僕は何度も力強く頷いた。魔王じいちゃんは、暗黒騎士父さんに顔を向けた。


「オレクサンダーよ、それで良いかな?」


「うん、私も賛成だよ。パパ」


 暗黒騎士父さんが笑顔で答えた直後、再びアリサが笑い始めた。


「あはは! また暗黒騎士がパパって呼んだ!」


 お腹を抱えて大笑いするアリサを目にした僕たちは、苦笑いしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る