【第34話】土下座謝罪

 僕は、ふとある件を思い出した。それは20年ほど前に、祖父オリスチンが伝説の勇者の装備品を売り払ったことだった。


「じいちゃん、ずっと気になっていたことを訊いてもいい?」


「何でも訊くが良い」


 魔王じいちゃんは上機嫌だった。


「じいちゃんが伝説の勇者の装備品一式を質屋に売り払って村を追放された事件だけど、どうしてあんなことをしたの?」


「なんじゃ、そんなことか」


「そんなことか、て。僕はまだ生まれていないからよく分からないけど、村では大騒動になったらしいじゃないですか!」


「あのとき、わしは暗黒騎士として赴任する日が近づいておったんじゃ。まさか、村人や友人たちに、魔王配下の暗黒騎士として赴任しなければいかん! なんてこと言えぬじゃろう。それで、あえて村を追放されるようなことをわざとしたんじゃ」


「そんな理由で伝説の勇者の装備品を売り払ったなんて······」


「オリスティンよ、そんな残念がることはないじゃろう。わしは魔王だから財力はある。また買い戻せば良いではないか」


 その魔王じいちゃんの言葉を耳にしたマルコロとアレンの顔色が変わり、申し訳なさそうにうつむいた。2人の急変ぶりを魔王じいちゃんは見逃さなかった。僕は苦笑いした。


「マルコロと······確か鋳造所のアレンじゃったな。どうしたんじゃ、急に真っ青な表情になりおって」


 魔王じいちゃんの問いかけに2人は答えない。ただ2人とも身を震わせながら固まっている。僕はそんな2人を見て、代わりに説明することにした。


「じいちゃん、怒らないで聞いてくれる?」


「可愛い孫に怒るもんか」


「実は、伝説の勇者の装備品は、もうこの世にないんだ」


「なんと! この世にないとは、どういうことじゃ?」


「魔法の調理道具になっちゃったんだ」


 僕の言葉を耳にした魔王じいちゃんは首を傾げた。


「勇者の剣や鎧などの武具が調理道具に?」


 魔王じいちゃんが不思議そうな顔をして僕に訊ねてきた。そのとき、アリサが割って入ってきた。


「もう! オリスティンの説明はまどろっこしいのよ! ハッキリとサクッと言っちゃえばいいじゃない!」


 アリサの言葉に魔王じいちゃんは頷いた。


「じゃあ、孫の未来の嫁に訊こうかの。伝説の勇者の装備品はどうなったんじゃ?」


「鋳造所で溶かされて調理道具に変えられたの! 今では踊る火龍亭の鍋や包丁として活躍してるわ」


「なんと!」


 アリサの説明に魔王じいちゃんは目を丸くして驚いた。次の瞬間、震えながらアリサの報告を耳にしていたマルコロとアレンが一斉に土下座した。


「オリスチンさん、申し訳ございません! 」


「魔王様、どうかお許しください!」


 マルコロとアレンは土下座しながら悲鳴のような声で謝罪した。


 魔王じいちゃんは土下座している2人に近づいた。僕はハラハラした気持ちで成り行きを見守った。


「美味いんか?」


 魔王じいちゃんからの思わぬ問いかけにマルコロとアレンは口をポカンと開けながら魔王じいちゃんを見上げた。


「その調理道具で作った料理は美味いんか?」


 マルコロとアレンは目を丸くしながらお互いの顔を見合せた。


「じいちゃん、美味しいんだよ! その調理道具のせいもあって踊る火龍亭は毎晩大賑わいだよ」


 僕は、未だに固まっているマルコロとアレンの代わりに答えた。すると、魔王じいちゃんの表情がパッと明るくなった。


「そうか! 村へ帰ったらたらふく食べようかの」


 魔王じいちゃんは嬉しそうに微笑んだ。


 そのとき、僕は疑問が浮かんだ。


 しばらく村にいなかったじいちゃんと父さんは、村人たちにどう説明するんだろう? それ以前に、村のみんな、きっと驚くだろな。


 僕は、土下座した2人と一緒に笑い合っている魔王じいちゃんを見ながら、そんなことを考えたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る