【第32話】世界平和のために

「我が孫、オリスティンよ」


 魔王じいちゃんが僕を抱き寄せた。本来なら倒すべき存在に抱き寄せられた僕は、複雑な気持ちを抱きながらなされるがままに任せた。


 なんて、温かいんだろう······。


 僕は魔王じいちゃんに抱き寄せられながら、家族の温もりを心から感じた。


「でも、幾つか分からないことがあるんだ」


 僕は背が高い魔王じいちゃんを見上げた。


「オリスティンよ、なんでも答えよう。言うてみい」


「どうして村の長老は僕に魔王討伐を依頼したの? 長老とは友達だったんでしょ?」


 僕の質問を受けた魔王じいちゃんは、暗黒騎士父さんと顔を見合わせると笑みを浮かべた。


「村の長老も伝説の勇者の子孫じゃからな。宗家の掟を知っておるんじゃ。それで、16歳になったお前をわしの元に向かわせたんじゃ」


「長老もグルだったのか! じゃあ、父さんが暗黒騎士になったことも長老は知っていたんだね?」


「もちろんじゃ。わしはの、掟によって魔王になってからは、ずっとこの城に住んでおる。オリスティンが生まれた、と知らせが届いても孫の顔さえ見に行けなかったんじゃ。だから、どれだけこの日を待っていたことか······」


 そう話す魔王じいちゃんの目が潤んでいるように見えた。僕は魔王じいちゃんに対して親近感を抱いた。


「そうだったんだね······。でも、じいちゃん、そんな掟なんか、もう守らなくていいよ。村に帰って一緒に暮らそうよ」


 僕の言葉を耳にした魔王じいちゃんは、さらに強く抱きしめてきた。


「我が孫、オリスティンよ! なんという優しさ! 我が宝よ!」


 そこへ、アリサが近づいてきた。アリサは涙目になっている。


「そうよ、オリスティンの言う通り、魔王も暗黒騎士も辞めて、村で家族一緒に暮らせば良いのよ」


 アリサはそう言うと鼻をすすった。


「我が孫の未来の嫁よ! そなたもなかなか優しいではないか!」


「ちょっと、じいちゃん! アリサが未来の嫁だなんてやめてくれよ。恥ずかしい」


 僕とアリサは顔を赤らめてうつむいた。そこへ、マルコロが近づいてきた。


「魔王オリスチンさん、もうこんな茶番はやめましょう。親父も言ってましたよ。世界平和のために宗家が犠牲になることはない、と」


 僕はマルコロが話す言葉の意味が理解できなかった。それはアリサも同じらしい。彼女は首を傾げている。


「マルコロ叔父さん、茶番とか宗家の犠牲って、どういう意味なの?」


 姪に訊ねられたマルコロは答えようと口を開いたが、すぐに魔王じいちゃんがそれを遮るように話し始めた。


「それはわしが答えよう。実は、はるか昔に伝説の勇者が魔王を倒してからというもの、この世界に本当の魔王など存在していなかったんじゃ」


「え! 魔王は最初からいなかったの? じゃあ、じいちゃんは何なの?」


 僕は、じいちゃんが語る真実に驚いて声をあげた。


「わしは、魔王を演じていただけ。息子のオレクサンダーや親戚の男たちも掟に従って暗黒騎士を演じていただけなんじゃ」


 僕は、じいちゃんから父さんに視線を移した。甲冑姿の父さんは微笑みながら頷いた。


「どうして、そんなことを?」


「オリスティン、それは私が答えよう」


 僕の質問に対して、今度は父さんが答え始めた。


「もし魔王という存在と統治という抑えがなければ、世界中の王国は好き勝手に動き始めて、やがて覇権を巡って戦争を始める。そうなれば平和が失われ多くの命が犠牲になる。それは分かるよな?」


「うん」


「それを阻止するために、我が伝説の勇者一族は、魔王という存在をつくりあげたんだ。そして、世界中の王国がお互いに争わないように、暗黒騎士を世界中に派遣して統治させた」


「そっか。世界の平和を保つために魔王という存在を利用していたんだね」


 僕はアリサと顔を見合せた。アリサは納得したのか何度も頷いている。


「だが、もうこんな茶番は終わりにしようと思ってるんじゃ」


 魔王だったじいちゃんの言葉に、その場にいる全員が驚いて魔王じいちゃんを見つめた。


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