【第31話】魔王の玉座

 僕の怒りをぶつけられた暗黒騎士父さんは、ただ黙っていた。しかし、その瞳は優しさに満ちていた。


「オリスティン、宗家の掟ゆえにお前には何も話せなかったのだ」


 暗黒騎士父さんはポツリと言った。僕は背けていた顔を暗黒騎士父さんに戻した。


「だったら、せめて母さんには行方をくらます理由を伝えておけば良かったじゃないか!」


「レイリアは知っているよ。彼女と結婚する前に我が宗家の掟を話したんだ」


「ひどいよ! 母さんには話して僕には黙っていたんだね!」


「幼いオリスティンには話せなかった。私も先代の魔王祖父から宗家の掟を聞かされたのは16歳になってからだったのだ」


 暗黒騎士父さんの話を聞きながら、魔王じいちゃんが言っていたことは真実なんだ、と受け入れざるを得なかった。


「オレクサンダー、よく来てくれた。さあ、中へ入ってくれ」


 魔王じいちゃんの言葉のあと、城門が重々しい大きな音を伴いながら開き始めた。


「さあ、オリスティンとその仲間たちも城に入るがよい」


 どこからともなく魔王じいちゃんの声が響き渡った。僕は、アリサやマルコロ、アレンを見渡すと無言で頷いた。暗黒騎士父さんを先頭に、僕たちも城門をくぐっていった。


 城内に入った僕は驚いた。城内は魔王の城ならではの暗くて陰湿な印象が全くない。むしろ、内部は明るくて上品な装飾が至る所に見られる。金持ちの邸宅に見られるような豪華さを感じさせない。もちろん、魔物といった存在もいない。


「魔王らしからぬ城ね」


 僕の隣で周囲を見渡しながら歩いているアリサが感心しながら呟いた。僕はアリサの言葉を耳にしながらそれに反応することなく黙り込んでいた。


 宗家の掟通りに暗黒騎士や魔王にならないといけないのなら、僕もいつかその順番が回ってくるということか······。でも、僕は絶対に暗黒騎士や魔王にはなりたくない! 世界中の人々を恐怖で支配するような人間になりたくないよ!


 僕はうつむくと目を閉じた。


「オリスティン、どうしたの?」


 アリサが心配そうに訊ねてきた。僕は目を開けた。


「アリサ、僕は暗黒騎士や魔王になりたくない」


 僕は下を向いて歩きながら呟くように答えた。そんな僕の手をアリサが優しく握った。


「宗家の掟なんかに従うことはないわ。オリスティンは魔王を倒したら、いつものように好きな絵を描いて過ごせば良いのよ」


魔王じいちゃんを倒す······。そんなこともしたくない。暗黒騎士父さんとも戦いたくない」


 僕はアリサに顔を向けながら呟くように答えた。アリサは何も言わずに優しい笑みを浮かべながら頷いた。


 階段を幾つか上がり、幾つもの扉を抜け、ようやく僕たちは魔王じいちゃんの玉座がある大広間にたどり着いた。

 魔王じいちゃんが座る玉座もまた上品な装飾が施されていた。大広間にもシャンデリアが幾つも天井から吊り下げられており、ローソクを置く燭台にも芸術的なセンスを感じさせる。わざとらしい虚勢や豪華さを感じさせる装飾品は一切なく、むしろ家庭的な雰囲気さえ漂っている。


 僕たちが大広間に入ると、玉座に座っていた老人が立ち上がった。老人は上品な白い絹の服を身にまとっており、白くて長い髭を生やしている。背筋はしっかり伸びており、こちらに向かって歩いてくる姿を見る限り老いを感じさせない。暗黒騎士父さんは背が高いけれど、魔王じいちゃんもそれに劣らないほど背が高い。初めて見る祖父は、とてもじゃないけれど“魔王”には見えなかった。


 暗黒騎士父さん魔王じいちゃんの前で跪いた。魔王じいちゃん暗黒騎士父さんの肩をポンポンと優しく叩くと笑顔を見せた。そして、その笑顔は僕にも向けられた。


「おお! わしの可愛い孫、オリスティンよ!」


 魔王じいちゃんが嬉しそうに僕に近づいてきた。そのとき、アリサとアレンが僕を守ろうと魔王じいちゃんの前に立ち塞がった。


「アリサ、アレンさん、大丈夫だよ」


 僕は、僕を守ろうとしてくれた2人の仲間に優しい口調で声をかけた。


 再び魔王じいちゃんが僕に近づいてきた。僕は魔王じいちゃんの顔を見つめた。


 なんて優しい顔なんだろう!


 僕は祖父の顔を見つめながら、彼が魔王であるはずがない、と心の中で否定したのだった。

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