【第47話】大天使召喚

 僕は驚いて母さんの顔を見つめた。


「大天使エスフェルを召喚する? 母さん、そんなこともできるの?」


「できるわよ」


 母さんは得意げになるわけでもなく、自然な表情のまま答えた。母さんの返答に、その場にいた全員が驚いた。


「大天使エスフェルを召喚できる者など、魔界にも数えるほどしかいないというのに!」


 最も驚いていたのは魔界からやって来た魔皇帝ネイスメイスだった。

 僕は驚きで目を見開きながら正面に座るアリサを見つめた。アリサも驚きのあまり言葉を失っているようだった。


「オリスティン、どうするの? エスフェルに真実を問いたいのなら召喚するわよ?」


 母さんは、いとも簡単に言ってのけた。僕はアリサと顔を見合わせた。すると、アリサは無言で頷いた。僕もそれに合わせて無言で頷くと、母さんに顔を向けた。


「母さん、エスフェルに真実を問いかけたい」


「分かったわ」


 母さんは笑みを浮かべながらテーブル席から立ち上がると、魔王じいちゃんに顔を向けた。


「お義父さま、白墨チョークはあるかしら?」


「あるぞあるぞ、ちょっと待っておれ」


 母さんから白墨チョークを求められた魔王じいちゃんはテーブル席から立ち上がると、大広間の奥へと消えていった。僕はアリサを見つめた。


「アリサ、召喚に白墨チョークが必要なの?」


「召喚魔法を使うには魔法陣が必要なの。きっとレイリア様は床に魔法陣を描くために白墨チョークをお求めになったんだと思うわ」


 アリサの返答を耳にした僕は、母さんを見つめた。


 今まで控えめで優しく、魔法の話も一切しなかった母さんが、実はこんなに凄い魔術師ウィザードだったなんて······。


 僕は母さんの新たな一面を次々と知っていくことに対して喜びを感じた。

 やがて魔王じいちゃんが大広間に戻ってきた。魔王じいちゃんの手には白くて細長い石のようなものが見えた。おそらく、あれが白墨チョークに違いない。


白墨チョークじゃ。他に何か必要かの?」


「ありがとう、お義父さま。テラスの床をお借りしてもよろしいですか?」


「良いぞ良いぞ」


 母さんは魔王じいちゃんから白墨チョークを受け取ると、テラスに向かって歩き始めた。僕たちもテーブル席から立ち上がると、母さんに続いてテラスに向かった。


 母さんはテラスに出ると、床に白墨チョークで大きな円を描いた。しばらくすると、大きな円は魔法陣となって完成した。


「魔法陣ができたわ。では、始めますので皆さんは少し離れていてくださいね」


 母さんが微笑みながらみんなに告げた。僕はこれから行なわれる召喚魔法に心が躍った。アリサも興味深そうに魔法陣を見つめている。魔王じいちゃんや魔皇帝ネイスメイスも興味深そうに母さんや魔法陣を見つめていた。


 母さんは両手を広げると空を仰いだ。


「天界に在する光の使徒、天の使いの長にしてその輝く光りを束ねる聖なる存在、大天使エスフェルよ、我が呼びかけに応え地上に姿を現したまえ!」


 母さんが空を仰ぎながら詠唱を始めた。そして、両手で円を描きながら目を閉じた次の瞬間、突然、魔法陣が白く輝いた。僕はあまりの眩しさに目を閉じながら右腕で両目を覆った。そのとき、魔皇帝ネイスメイスが苦しそうに唸る声が聞こえた。大天使を召喚する以上、聖なる力が放出される。そのため、邪悪な力を抱く魔皇帝ネイスメイスにとっては苦痛を感じざるを得ないのだろう、と僕は勝手に推測した。


 僕は恐る恐る目を開いた。すると魔法陣には、青色に輝く鎧を身にまとい、白く美しい翼を備えた銀髪の男が立っていた。銀髪の男は微かな笑みを浮かべながら母さんを見つめていた。


「我が名は大天使エスフェル。久しぶりだな、レイリア。少し見ぬ間に美しく成長したじゃないか。まさか、今回も召喚の練習で呼び出したんじゃないだろうな?」


「大天使エスフェル、お久しぶりです。10年前は召喚魔法の練習のためにお呼び出しをしまして失礼致しました」


 母さんはそう言いながら片膝を曲げながら頭を下げた。


「まあよい。プランローズ家の美しいレイリアよ。今回は何用······」


 そのとき、大天使エスフェルは何かに気づいて素早く振り返った。大天使エスフェルは背後にいた魔皇帝ネイスメイスの姿に気がつくと、腰に帯びていた剣のつかに手をかけた。


「魔皇帝ネイスメイス! こんなところで何をしておるか!」


 大天使エスフェルは翼を広げると、魔法陣から数十センチほど宙に浮かんだ。


「大天使エスフェル、どうか落ち着いてください。今から事情を説明致しますので」


 母さんは穏やかな口調で大天使エスフェルに伝えると、微笑みを浮かべたのだった。

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