【第22話】魔法の言葉
僕たちは山頂を目指して山道を進み始めた。
山道の傾斜は緩やかで道幅も馬車が余裕で通れるほどだ。岩石だらけの火山にしては、意外と体力を使うことなく山頂へ進んでいけそうだ。火山と言われている山にしては火口らしきものはなく、標高は数百メートルといったところだ。魔王の居城がある山にしては緊張感が乏しい気がする。
山頂を進み始めて数分後、僕は驚いて足を止めた。山道の数十メートル先に1匹のスラリンがいたからだ。スラリンは僕たちに気づくと、空に向けて咆哮した。ついさっきスラリンに襲われていた僕は、恐怖で全身が凍りついた。
「任せて。私が始末するわ」
アリサは僕を守るように一歩前に出ると、右手のひらをスラリンに向けた。
「フレム・アル・エラメイン!」
「何だって!」
アリサが魔法の言葉を放った直後、僕は驚きの声をあげた。まさに魔法を使おうとしていたアリサは、僕の声に驚いて集中力が途切れてしまった。
「オリスティン、急に叫ばないでよ! ビックリして集中力が途切れたじゃないの!」
「アリサ、いま何て言った?」
「はあ? 魔法の言葉を唱えただけよ」
「もう一度、言ってみて」
「フレム・アル・エラメイン、よ」
アリサはぶっきらぼうに答えた。僕はそんなアリサをまじまじと見つめた。
「ちょっと、何よ? 私の顔に何か付いてるの?」
アリサは肩から下げている白い上品なポーチから小さな手鏡を取り出すと、自分の顔を注意深く見始めた。
「フレム・アル・エラメイン、おおきな火球が寒く凍えた身体を温める······」
僕は、母さんに何度も聞かされた子守唄の一部を思い出して口にしてみた。そのとき、僕は気づいた。母さんの子守唄は、魔法の言葉だった、のだと!
「もしかして······」
僕はアリサの前に出ると、数十メートル先のスラリンを見据えた。そして、アリサの真似をして右手のひらをスラリンに向けてみた。
「フレム・アル・エラメイン!」
僕は大きな火球をイメージしながら魔法の言葉を発してみた。次の瞬間、僕の右手のひらから数センチ離れた空間に直径1メートルほどの火球が現れた。火球は球状ではあるけど激しく燃えている。
「え、うそ······」
すぐ間近で火球を目にしたアリサは、驚いて目を丸くしながら手にしていた手鏡を地面に落とした。
僕は右手のひらで作り出した火球に意識を集中させた。すると、火球は膨らみ始めた。魔法なんか使えない、と思っていた僕は、夢のような現実に酔いしれながら魔法使いの気分を味わい始めた。
僕が作り出した火球は、みるみるうちに膨張していく。僕は右手のひらを前方から上空に向けた。さらに火球は膨張していく。数十秒後、火球は直径10メートルになった。僕は動揺した。
「う、うわあ! 火球が大きくなっていくー!」
火球の膨張を止められなくなった僕は、慌てながらアリサに顔を向けた。
「オリスティン! 火球をスラリンに向けて投げるのよ!」
アリサが叫んだ。パニックになった僕は、手のひらを頭上に掲げたまま右往左往を始めた。
「うわ、オリスティン! 火球をこっちに向けるな!」
「おい、危ねーだろ!」
マルコロとアレンが駆け足で僕から離れて山道を下っていく。しかし、アリサだけは僕の傍から離れなかった。
「落ち着いて、オリスティン。良いこと? 意識を火球に向けるの。そして、ボールを投げたい方向に投げるような感覚で火球をスラリンに向けて投げるのよ」
「わ、分かった。やってみる」
僕は自分を落ち着かせようと深呼吸した。そのとき、スラリンが僕に向かって突進してきた。
スラリンが来た! またやられてしまう!
僕は恐怖心で目を閉じてしまった。そのとき、突然、ピシャリと右頬を叩かれた僕は目を開けた。
「オリスティン! あなたは伝説の勇者の血と力を受け継ぐ者よ!自信を持ちなさい!」
すぐ目の前でアリサが真剣な眼差しを僕に向けていた。
アリサの言う通りだ。僕は伝説の勇者になれるんだ!
僕は再びスラリンを見据えた。スラリンが迫っていた。
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