【第21話】魔王と暗黒の騎士とドラゴン

 森の中で続く道は何度か曲がりくねったあと、ようやく森を抜けた。森を抜けると、無数の巨大な岩石が結合したような山肌が目の前にあらわれた。その山肌を縫うように山頂へ向けて道が続いている。


「森を抜けたら、次は山道か」


 アレンは山頂方向に顔を向けた。


「立て看板みたいなものがあるわ」


 アリサか何かを見つけたらしく、その場所へ駆け寄った。


 山道の入口には、腰までの高さがある木製の立て看板が置かれている。そこにはミミズが這ったような文字が記されていた。アリサは声を出して読み始めた。


「落石注意。気をつけてお越しください。魔王より」


「魔王······より? 魔王が書いたの?」


 僕は立て看板に駆け寄ると、短い文章を見つめた。


「普通、魔王がこんなこと書く?」


 僕がアリサに訊ねると、彼女は首を傾げるだけだった。そこへマルコロが近づいてきた。


「村人はここまで来ないはず。森に入っても森を抜けるな、という村の掟が昔からあるからな」


「じゃあ、これは本当に魔王が書いたもの?」


 僕がマルコロに訊ねると、彼は首を傾げるだけだった。そこへアレンが近づいてきた。


「落石があるのを知ってるくらいなら、魔王が書いたと考えて良いのかも」


「じゃあ、魔王は親切心でこんなことを書いたっていうこと?」


 僕がアレンに訊ねると、彼は首を傾げるだけだった。


「そもそも、魔王って何?」


 僕は3人の顔を見渡しながら訊ねた。


「魔王は闇の支配者」


「魔王は暗黒の支配者」


「魔王は世界の支配者」


 アリサ、マルコロ、アレンが順番に答えた。


「どれも抽象的な答えだね。ねえ、マルコロ。今までに村が魔王の手下に襲われたことってある?」


「俺が知る限りでは、ないな。たまにスラリンが迷い込むけど、すぐに叩きのめされて終わるから、襲われるというものじゃないし」


「そうだよね。僕は伝説の勇者の末裔だけど、いかに魔王が恐ろしい力を持っているか、なんて話は、父さんや母さんから聞いたことがない」


 僕は山頂に続く道を目で追うと、視線を山頂方向で止めた。


「だけど、魔王は世界に暗黒の騎士たちを派遣して統治しているわ。私が住む大陸の王国は、王様が民から税金を集めて暗黒の騎士に納めてる」


 アリサが腕を組みながら僕に顔を向けた。


「アリサの国は暗黒の騎士に支配されてるんだね。その暗黒の騎士は人間なの?」


「人間だと思うわ。いつも全身真っ黒な甲冑姿だから顔は分からないけど、馬に乗るし人語も話すから」


「暗黒の騎士が率いる兵士は?」


「兵士? そんなの1人もいないわ」


「え? 暗黒の騎士には配下の兵士が1人もいないの? 単にアリサが見たことがないだけじゃない?」


「暗黒の騎士は、いつも街を1人で歩いてるわ。露店でお菓子を買ってる暗黒の騎士を見たことがあるけど、護衛の兵士なんて1人もいなかった」


「暗黒の騎士が露店でお菓子を買うのか! 甘党なのかな」


 僕は、なぜ暗黒の騎士がお菓子を買うのか、真剣に考え始めた。


「ちょっと、オリスティン。何を考え込んでるのよ。考えるポイントが違うんじゃない?」


 アリサが僕の右腕の袖を引っ張った。僕は我に返った。


「暗黒の騎士は間違いなく人間だな。民から集めた税金でお菓子ばかり食べてるんだよ」


「もう、オリスティン! そんなことどうでも良いじゃない!」


「アリサ、魔王が飼い慣らしていると言われている4匹のドラゴンについて何か知っているか?」


 アレンがアリサに訊ねた。


「私が聞いた話では、4匹のドラゴンのうち、1匹は老衰で死んで、2匹は駆け落ちしたみたいだから······今は1匹しかいないみたいね」


 アリサの返答を耳にした僕とマルコロ、アレンは同時に吹き出した。


「あは! ドラゴンも駆け落ちするのか」


 僕は笑いながら、魔王が書いたらしい下手くそな文字を見つめた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る