【第20話】母の子守唄

 家に帰って好きな絵でも描いて過ごしたいな。


 次から次へと襲いかかってくるスラリンを横目に、僕は枝葉から垣間見える青空を見上げながら思った。


 何匹ものスラリンが襲いかかってきては、アレンの大剣、マルコロの矢、アリサの魔法によって倒されていく。そんな光景を見つめていた僕は、無力感に襲われた。


 こんな非力な勇者じゃなく、村の精鋭たちを集めて魔王討伐させたほうが絶対に良いはず!


 僕は少しばかりふて腐って黙り込んだ。次の瞬間、僕の背中に衝撃と激痛が走って前のめりに倒れ込んだ。


「オリスティン!」


 僕は自分の名前を呼ぶ声を聞きながら深い暗闇へと沈んでいった。



 すぐ目の前に優しい母の顔が見える。今よりも幾らか若い。母は僕を優しげな目で見つめながら口を動かしている。僕に何かを囁いている。いや、違う。これは子守唄だ。母が赤ん坊の僕をゆりかごで揺らしながら子守唄を歌っている。


「フレム・アル・エラメイン、おおきな火球が寒く凍えた身体を温める」


「エル・アムラーム・アロー、天まで届く光の矢が大空で煌めく」


「スレイニ・アル・ギディア、暗闇を引き裂く雷光が周囲を明るく照らす」


 そうだ。僕は小さな頃から、こんな不思議な子守唄を聞いて育ったんだ。そのせいで母の子守唄を暗誦できるほどに頭の中に焼きついてしまった。

 母の子守唄は続く。


「バラス・フェルド・ジバーフ、神が与えた神秘の網が悪魔を······」


 バラス・フェルド・ジバーフ······? つい最近、どこかで耳にした言葉だ。どこだっけ?


「オリスティン、オリスティン!」


 突然、女性が僕の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。明らかに母の声じゃない。この声は······アリサだ!

 僕は目を開いた。


「うるさいなあ」


 僕は目を開けるなり不満をぶつけた。視界にはアリサの顔がある。僕の顔を覗き込むように見つめていた。


「良かった、目覚めてくれた」


「アリサ? どうしたの?」


「背後からスラリンに襲われて気を失っていたのよ」


「アリサが?」


「違うわよ! オリスティンが、よ!」


「そうだった、突然背中に激痛が走ったんだった。それで僕は気を失っていたのか」


「オリスティンの背中の傷は、私が魔法で治癒させたから大丈夫よ」


 アリサはそう言うと、僕の顔から自分のそれを遠ざけた。


「それにしても、せっかく心配してオリスティンの名前を呼んでいたのに、うるさいなあ、はないでしょ」


 アリサはふくれながら僕から顔を逸らした。


「ごめん、アリサ。夢の中で母さんの子守唄を聴いていたんだ」


「ふーん、こっちは心配して看病していたというのに······」


「まあまあ、良いじゃないか。オリスティンも無事に意識を取り戻したことだし」


 突然、アリサとの会話にマルコロが割って入ってきた。僕は起き上がると周辺を見渡した。森の中だった。しかし、周辺にスラリンの死骸がない。


「あれ? みんなしてスラリンをたくさん倒したんじゃなかったっけ?」


「オリスティンが重傷を負って倒れたから、スラリンの死骸がある場所から移動したんだ」


 アレンが答えた。


「そっか。せっかくみんなスラリンを倒していたのに中断させてごめんなさい」


 僕は低い声で謝った。


「気絶した勇者をおんぶして魔王の城にたどり着いても“絵”にならないからね。勇者あってこその私たちだから」


 アリサは僕に笑顔を向けた。


 勇者あってこその私たち、か。アリサの言葉を何度も頭の中で反復させた僕は、自分の存在意義を見い出した気持ちになれた。


「よし! 先へ進もう!」


 アリサ、マルコロ、アレンの笑顔に囲まれながら、僕は元気よく声をあげた。



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