闇の推し活

織末斗臣

第1話

 俺の任務は『推し活』の中でもハードなほうだと思う。

 『推し活』の主な仕事である応援団的追っかけなんかとは違って、『推し』のアイドルと直接対峙して、物事を円滑に処理しなければならない時もある。


 今、俺の目の前には、現在関わっているアイドルのひとりが立っている。

 場所はどこかの街の小さなビジネスホテルの一室。薄汚くすすけた壁や黄ばんだシーツのかかったポンコツそうなベッドを背景に立っている彼女は、すっぴんでみすぼらしいジャージを身に着けているだけだったが、それでもアイドルらしい輝きを保っているように見える。

 彼女の名前は、もちろんアイドルとしての名前だが、ニャールル。

 年齢は、16歳。……ということになっている。


 ニャールルは、今から二週間前にコンサートツアーの途中で突然姿を消した。

 ニャールルが誘拐された。世間にはそう発表された。身代金目的の誘拐だった。

 身代金の多くはファンから集まった。あっという間に。犯人の要求額の五倍もの金額が集まった。ニャールルがコンサートを二十回くらいやって稼げる額だった。


「会社は、その金を手にして考えを変えたようだ」と、俺は言った。「会社は今回、金を払ってアイドルを無事に取り戻す。犯人は行方不明だが、アイドルは健在だ。彼女は少しの間入院するが、ケガはしていない。犯人が丁重に扱ったからだ。そして、直に人々の前に姿を見せる」


「なんですって!」と、ニャールルは声を荒げた。「またあんな世界に戻らなければならないなんて、絶対にいやよ! 自由にしてくれるって約束してくれたんじゃなかったの」


「すまない。会社の方針は絶えず変革される」 俺はそういって、サイレンサー付きの銃を彼女の額に向けすぐさま引き金を引いた。



 ニャールルは自分で自分を誘拐した。そのアイデアを彼女に耳打ちしたのは俺自身だ。陰りの見えはじめたアイドルの最後の仕事になる。金も犯人も、それにアイドルも行方不明になる計画だった。


 だが、会社は「ニャールル」を失いたくなかった。まだまだ稼げる。


 「ニャールルは生まれ変わって帰ってきましたー」と、『新しい彼女』が舞台の上で叫ぶだろう。よりいっそう可愛く、美しく、神々しくなったニャールルが、観客に向かって手を振る。

 『推し』たちがいっせいに答える。「ニャールル! お・か・え・りー」


 

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闇の推し活 織末斗臣 @toomi-o

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