第4章 卵焼き

「すまないね志季 早く帰りたいだろうっていうのは分かっているんだけどね」

「いえ 大丈夫です」

俺は上司に談話室に呼ばれた。呼ばれた時の先輩のニヤニヤした顔にいらっとしたがそんなことはどうでもいい。

「あの……」

「なんだい?」

「俺なんかやらかしました?」

「ん?…あーすまないね。そういうことでは無いんだ。君の診断書を見てね。このままでは危険だからと休ませるのが普通だと思う。だが会社としてはあまり休ませることは出来ないだろう。何か良い手はないか、私なりに考えてみたんだ。そこで席替えなんてしてみようかと思いたってね。」

「はぁ……」

「向井に仕事態度を改めろっていうのは簡単なんだが…あいつは何を言っても聞かないだろうしね。私としては君を昇格させてもいいんじゃないかなんて考えたんだが……それはそれでストレスだろうからね」

この人…今日1日で仕事しながら部下の面倒まで見てくれようとしているのか?

それこそストレスにならないか?

いやもしかするとこれが上司として手本とすべきなのかもしれない。前の上司なんて定時で来て定時で帰る。仕事は気に入らない部下に押し付けてお気に入りの部下と飲みに行く。こんなやつだ。

というかこんな良い上司がこんなクソみたいな会社で働いていていいのか?

ていうか先輩の評価低すぎだろ。まぁやってる事全部バレてるってことか。

「俺も今日の朝倒れて病院に行って初めて自分の体の状態に気づいたところなんでまだ何が正解かなんて分からないんですけど…」

「ん?倒れた?志季おまえ今、倒れたって言ったか?」

「え?あっはい …」

え…俺もしかして倒れたこと言ってなかった?

珍しく考え込む表情をする上司を見て俺は心配になった………

「…まぁ倒れたから病院に行ったんだな……そういうことは報告しような。前があの人じゃ言いにくいだろうけど今のおまえの上司は私だ。そういうことは報告して欲しい。」

あーすごい申し訳ないことしてる…この人ストレスで倒れないかな。いや俺が言えることじゃないか…

「はい。すみません」

「少し考えてみてくれ」

「はい。ありがとうございます。」

「時間を取らせて悪かったな。戻っていいぞ」

「はい。失礼します。」

俺は談話室をでた。

………いやかっこよすぎる。あれが目標にするべき大人か。俺の理想の大人がこんなに近くにいたとは…


「やっと戻った。遅かったな。今日遅れたことで注意されたんだろ。ざまぁみろ。」

なんでこの人は…………

「いえ。注意ではなかったですよ」

「うそだろ。あんな時間に出勤しておいて何を言ってるんだか」

先輩はやれやれと言うようなバカにした表情をしたけれど嘘はついていないのだからどうすれば良かったんだよ………


集中力切れてきたな…9時か あと3ファイルか…帰りたいな…早めに帰るか…いやでも明日がしんどくなるな……あーとりっこの卵かけご飯が食べたい…そーいや卵かけご飯以外もあったな。次は何食べようかな。

いや よく考えろ俺、今の俺にとりっこに行く時間なんてあるのか?ないだろ!

うわぁなんか悲しくなってきた

俺のオアシス……


……呼ばれてる?

「し…しき…志季…志季!」

あかるい?

「志季…起きたか。心配したぞ」

上司の声で目覚めた。どうやら寝落ちしてしまったようだ。今まで会社で寝たことなんてなかったのに…

「朝のこともあるし今日は帰りなさい」

「はい。すみません。」


「はぁ……やってしまった…」

10時か…まだ開いてるかな………


いつもとは違う景色…まだ家に帰る途中の人がいる時間に帰るのは研修のとき以来だ。こんな所に居酒屋あったんだ。俺が通る時はいつも閉まってるからな……

明かりの灯った夜道を家に向かって歩く

次第に店のあかりが減り、街灯だけになった頃にぽつんと立つひとつの店にあかりが灯っているのを見つけた


「…まだ開いてる…」


俺は吸い込まれるように店へと足を運んだ


「いらっしゃいませー!」


始めてきたのは今朝のはずなのに懐かしい感じの店内は眩しい笑顔と店の柔らかな明かりに何か暖かいものを感じさせた






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