第5話

「修行をたくさんしたんだ」

蝉の声がそこら中から鳴ってる山の中、大木を背に座ったままで、ひるは話し始めた。

「山を駆け、滝を登り、川に沈み、魚や草や蛇なんかも食べながら、私は修行していた。仙人、というか、人を超えるための修行をな」

静かだけど、よく通る声だ。

「そして、空を駆け、海を渡り、世界中を巡るようになるころには、天狗だとか仙人だとか錬金術師だとか呼ばれるようになったんだ」

「うん。よかぜも言ってた。いろんな国でいろんな呼ばれ方をしたって。天狗、っていう呼ばれ方は気に入ってたとも言ってたよ」

僕がそう言うと、ひるはフッと笑ったように見えた。

「調子に乗っていたのかもな。ある時、一人の老婆に会ったんだ。山の中でな。その老婆は一人で歩いていた。ボロ布に包んだ何かを大事そうに抱えてな」

少し苦い顔になって、ひるは話し続ける。

「私はその老婆にその包みを寄越せと言った。老婆は嫌がったが、何でも出来た私にはそれが許せなかった。強引にそれを奪い取り、包みを剥ぎ取ったんだ」

「ひどいことするね」

「そうだな。ひどいヤツだ。本当に、それがいけなかった。包みを開けると、中から強烈な光が射したんだ。気が付いたら私は倒れていて、目が覚めたら、目の前には老婆ではなくて、神……、なんだろうか、神々しく輝く人の形をした存在が私を見下ろしていた」

「神様?」

「さあな。修行中も神に祈ったことなどなかったし、神がいるのかどうか、今でも知らないし、それはどっちでもいい。そして、そいつは言ったんだ。横を見てみろ、と」

一層苦々しいといった表情を浮かべながら、ひるは話し続ける。

「びっくりしたよ。横を見ると私がいる。もう一人の私も驚きの表情を浮かべていた。その存在は我々それぞれに目をやりながらこう言ったよ。『おまえを二つに分けた。おまえには昼の世界でしか生きられない運命をやる。おまえには夜の世界でしか生きられない運命をやる』とな。私とよかぜはその時に分けられたのさ」

「『じきに日が暮れる。さあ、消滅したくなければ太陽を追って飛ぶがいい』そう言われて、私は逃げたんだ。太陽の方へ向かって大きく跳ねたんだ」

「それで、ひる、なの?」

「そうだな。私がひると名乗るようになったのはその時からだ」

「よかぜはその時どうしてたの?」

「さあ? 目では私を追っていたようだが、動けないようだったな」

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