第4話

やっぱり今日も朝からいっぱいの蝉の声で、僕は目が覚めた。考え事しながら、いつの間にか寝ちゃってたようだ。何か色々思いついてた事があったみたいな気もするけど、眠気の中で思いついた事はすっかり忘れてしまった気がする。


「ちょっとくらい宿題やったのー?」

「うん!帰ってからするー!」

リュックに水筒とお菓子を詰め込んで、家を出た。今日は蝉を捕るつもりもなかったけど、捕虫網を持って、おかあさんに適当な返事をして、僕は山へ向かう。


よかぜが向かった空を見上げて走り出して、捕虫網が倒れていた道を跳ねるように走る。野良仕事を始めているおじさんやおばあさんが「おはよう、そうすけ。また、山へ行くのか?」「気をつけて行くんだぞ」と声をかけてくれる。僕も「おはよう。昨日はスズメバチも見なかったよ」と返す。二人の変なおじさんには会ったけど、なんて思いながら。


一匹の蝉の声が、例えば落ちた葉っぱくらいの軽さのものなら動かせるくらいの力を持っていたなら、きっと僕はこの山に入れない。たくさんの蝉の声で、僕は跳ね返されてしまうだろう。だけど、蝉の声にはそんな力もなく、僕は山に入り、昨日の大木を目指す。

あった。あの木だ。僕はその木に駆け寄る。と、ドスンと後ろで音がした。振り返るとひるがいた。着地した直後の姿勢なのだろう、しゃがんで僕を見ている。すぐに立ち上がって、僕に近寄ってきた。

「こんにちは。昨日はあの後……」

「よかぜに、教えたのか!」

僕が言い終わらないうちに、ひるは怒った調子で聞いてきた。

「え、何を?」

分かってる、木の洞の事に違いない。

「あの木の洞の事だ!」

「う、うん……」

あまりの剣幕に僕はとぼける事も出来なかった。

「あぁ……なんということだ」

ひるは手で顔を覆いながらそう言った。


どれくらい時間が経っただろう。よろよろと歩いてあの洞の横に座り込んだひるは、じっと動かないでいる。顎を引いているのか、大きな帽子の鍔に隠れて顔は見えない。

「よかぜとは話をしたのか?」

座る事も出来ずに立っていた僕に、ひるはポツリと声を掛けてきた。帽子の鍔の向こうから。

「う、うん。……天狗とかなんとか言ってた」

「ああ。この国では天狗と呼ばれていた。随分昔のことだがな」

「……ひるとよかぜがそっくりだって言ったら、嫌そうな顔をしてたよ」

何かを話さなきゃならないような気がして、僕は思いついた事を口にしていた。

「そうだろうな……。……、私とよかぜは元は一人だった」

「え?」

「一人の人間が、ひる、と、よかぜ、という二人に分かれたんだ」

「双子、じゃなかったの?」

僕がそう言うと、ひるはプッと吹き出し、空を仰いで笑った。ようやく顔が見れた。でも、顔色はすこしだけ、青白くも見える。

「そうだったら、まだ、マシだったのかもなー」

乾いた笑いの後に、ひるはポツリとそう言った。

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