第47話 決死!
「お兄ちゃんと一緒に学校へ行くわ! フレイム・バースト!」
零距離魔法に、たまらずガルネシャのHPが若干以上に減った。
イケる。
スポーツにおいて、メンタルは重要な要素だ。
そして今、槍を握る和美のメンタルはかつてないほどに絶好調だった。
俺は嬉しくて涙が出そうだった。
現実世界じゃ自力で立つこともできない和美は、仮想世界じゃ勇者だった。
けれど和美は仮想の世界に逃げて何かいない。逃げるつもりもない。
和美は、俺のいる現実の世界に戻ろうとしてくれている。俺と一緒に、学校へ行きたいと望んでくれている。
まだ和美が元気だった小学生の頃を思い出す。
一緒に中学校へ行った事を思い出す。
それから、和美が中学校へ行けなくなった日を思い出して、俺は和美の名を叫んだ。
「いけぇええええええええ! 和美ぃいいいいいいいいいいいいいい!」
「これでぇえええええええええ!」
和美が、連続して魔法を放つ……直前にガルネシャの鼻が動いた。
「え!?」
ガルネシャの長い鼻が和美のウエストに絡みついて、骨が折れるような音がした。
それから鼻が消えた。いや、一瞬で振り上げられて、打ち上げられた和美の体が天井に蜘蛛の巣状のヒビを入れながら埋まった。
和美は悲鳴を上げることもできずに、目を剥いたまま、糸の切れたマリオネットのようにして落下した。
真下では、ガルネシャがトドメを刺そうと拳を引いて構えていた。
「かずみぃいいいいいいいいいいい!」
和美のHPバーは、半分以下になっている。
今食らったら、和美は……
「ライトニング・ライド!」
俺より先に気絶から立ち直った澪奈が、神速の体術を移動方法として利用。
落下してきた和美と、殺しにかかるガルネシャの剛拳の間に体を差しこんだ。
ガルネシャの巨拳に、二人はまとめて体をくの字にして壁に激突した。
そのまま追い打ちをかけるように、ガルネシャは腰を沈めて突撃体勢に入った。
俺のHPバーから気絶の表示が消えたのは、まさにその時だった。
「やめろぉおおおおおおおお!」
投げ剣スキルと投擲スキルの合わせ技で、俺は燕丸を投擲。燕丸の鋭利な切っ先が、ガルネシャの耳に刺さった。
ガルネシャは突撃体勢をやめ、腰を上げる。その間に俺はガルネシャの下に間にあって、通り過ぎざまに耳の燕丸を引き抜いた。
俺は振り返り、燕丸を上段に構える。
「破城の斬撃!」
奥義を振り下ろして、俺の燕丸は銀色の光を虚空に引きながら、ガルネシャの左肩を通り抜けた。
ガルネシャが俺と向かい合い、対峙する。
二人はやらせない、ガルネシャのHPはもう半分以下になって、イエローゾーンに入っている。
このまま押し切る。そう決意すると、
「情報が更新されたわ! お兄ちゃん気を付けて! そいつブレイクもクラッシュもしなくなったわ」
「上等! ヒート・エッジ!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■‼」
ガルネシャが猛獣の咆哮を上げて、規則性を失った両腕をめちゃくちゃに振り回してくる。その一撃でも食らえば、俺は気絶状態になって殺されるだろう。
時間的に考えて、神殿に戻されたらもう一度このダンジョンを攻略し直す時間は無い。
それまでに、ギルドの連中がこいつを倒しに来てしまう。
そうなれば賞金三千万は、薬は手に入らなくなる。
俺は両目を見開いて、全神経をガルネシャへ集中させる。
猛然と襲いかかる両の腕を紙一重でかわし、両手で握り込む燕丸を閃かせる。
体術は威力も大きいが隙も多い。
俺は体術を使わず、通常攻撃のみで戦った。
隙を見せるクラッシュ状態にならない今のガルネシャに、体術を叩きこむ隙などないのだから。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ゲームの仮想世界では、肉体的に疲労感は無い。でも精神は違う。身長三メートルの象の魔人を相手にすれば、その圧迫感で人間の原始的な恐怖が本能的に湧き上がる。
途切れることなく、常に相手の動きに集中して、攻撃をかわすのも、脳に多大な負担がかかる。
言うならば、細い平均台の上を全力疾走し続けているようなものだ。
一瞬でも集中力が途切れれば、全身を持って行かれる。
そうなれば和美は助けられない。
俺の脳内がクロックアップし続ける。
燕丸がさらに加速する。
焦燥感が俺の胸を焦がし、焦燥感が俺の刃を加速させる。
システムのアシストすら置き去りにするように、最速の武装を最速以上に操りながら、ガルネシャの全身に攻撃が通った証である赤いラインを無数に刻みながら、俺は本能的に吠えた。
ガルネシャの魔人の咆哮と、俺の獣の咆哮が交差する。
斬りながらかわして、かわしながら斬る。
ここで一撃でも食らったら和美を救えない。
俺の神経はガルネシャにのみ集中して、でも俺の脳裏は違うものを見ていた。
元気だった日の和美を、
和美と遊んだ日々を、
和美と一緒に学校へ登校した日々が鮮明に浮かんだ。
徐々に俺の感覚が研ぎ澄まされて、ガルネシャの腕を、拳をよりギリギリの、スレスレのラインでかわすようになった。
ガルネシャの岩のように硬い、ザラザラとした肌が俺の体をかすめるようになる。
俺のHPバーがドット単位で削れる。
けれど吹き飛ばされるようなことは無い。
これでいい、死ななければいい。
刀を振るえればいい。
そのかわり、より深く踏み込める。
より深く刃を通せる。
こいつに、ガルネシャにさえ勝てればそれで、
俺とガルネシャのHPバーが互いにレッドゾーンへ突入。
超高速の戦いは、一秒が永遠に思える程に体感時間を伸ばしながら、決着の時を迎えた。
ガルネシャのHPバーが、残り一ドット程度残すのみとなる。
俺のHPは、まだ僅かに余裕がある。
ガルネシャの右拳をかわす、左腕をよける、今だ。
「■■■■!」
ここで始めて、ガルネシャが鼻で攻撃してきた。鞭のようにしなる鼻を、俺は、
「ッッ!」
スレスレのラインで避けた。頬をかすめた攻撃でHPバーが一ドット減ったが避けた。
三連続攻撃をし尽くしたガルネシャに、俺は渾身の突きをその赤い瞳に放つ。
「いっけぇええええええええええええええええええええええええええええええええ!」
燕丸が、ガルネシャの右目をえぐり、刀身が半ばまで突き通った。燕丸の切っ先が、ガルネシャの後頭部から突き出している。
そしてガルネシャのHPバーはゼロになる。
「勝った……これで」
和美に薬を……
「■■■■■■!」
ガルネシャのHPバーが全回復。その場で大気を激震させるほどの泣き声を上げた。
「なっ!?」
衝撃で俺は吹き飛ばされて、床を転がった。
HPバーは、残り一ドットのところまで減らされて、体に麻痺がかかっている。
和美や澪奈、そして俺は息を吞んだ。
HPを全回復させたガルネシャが、全身に黒い光をまとい、腕が四本の増えて、牙もより長く、枝分かれする。
「第二……形態?」
これから、あらたに第二形態を相手にする余裕なんて俺らには無い。
これで終わりなのか、そう思った時だった。
「いたぞ、ボスだ! 皆のモノ、かかれぇえええ!」
部屋の入口から、紅の団がなだれ込んでくる。
ガルネシャは新たな闖入者に気を取られて、一〇〇人のプレイヤー達と戦い始めた。
そこに、俺らが割って入る隙はない。
「なんで……だって攻略は午後からじゃ」
紅の団の一人が俺に歩み寄り、鼻を鳴らした。
「ネットに情報が漏れていたのでな、他のプレイヤーに先を越されないよう、予定を繰り上げたのだ。おっとそうだ、貴様らがいては賞金が減ってしまう。おい、五番隊! そっちの女共を始末しろ!」
俺の全身の血液が沸騰する。
「てめぇ!」
ロングソードの切っ先が、俺の胸を刺し貫いた。
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