第43話 妹を救いたい!


「じゃあな和美、また後で」

「またね和美ちゃん」

「……うん、また」


 夜、晩御飯を食べる為にログアウトした俺達は、和美の病室のドアを閉め、家路に着いた。


 時間的にも外はもう真っ暗で、住宅区なので人通りは少ない。


 誰もいない夜道を、美少女の澪奈と二人で連れ立って歩けば、普通に嬉しいはずだ。

 なのに今の俺には、そんな余裕すらない。


「悪いな澪奈。賞金の三千万、取ったら全部使わせて欲しいなんて、借りた一千万は絶対に返すから」

「い、いいよそんな。あたしだって和美ちゃんには元気になって欲しいし」


 澪奈は、胸の前で謙虚に手を振って俺を気づかってくれる。


「そうなんだよ……俺さ、和美は元気になって欲しいんだ」


 足が遅くならないよう注意しながら、俺の口が動く。


「知っているか? 仮想世界ってさ、体に障害のある人に、せめて疑似体験だけでもって、医療の現場で使われる事が多いんだ。でも中には、かえって現実を受け入れられなくなる人や、そのまま仮想世界から戻ってこない人もいる……」


 憎らしいぐらいに輝く月を見上げながら、俺は呟いた。


「仮想世界がどれだけ現実に近づいても、結局俺らは現実世界に繋がれているんだ……俺は、和美にはまた現実で体を動かしてほしい。またあいつにスポーツをやって欲しい。どうしようもなく、そう思っちまうんだよ……」

「刀利君……」


 俺が一人感傷に浸ると、不意に澪奈が俺の右手を握って来た。

 その女の子特有のやらわかさと、澪奈の体温に俺の胸が高鳴る。


「え? れ、澪奈?」


 視線を下ろすと、澪奈が穏やかな笑みを見せてくれる。


「ねぇ、刀利君。これからあたしの家に来ない?」

「へ?」


   ◆


 澪奈の家は、俺の住むマンションからは一駅離れた場所に建つ、普通の一軒家だった。


「ただいまー」


 玄関を抜けると、妙にどぎまぎしながら俺は足を上げた。


「な、なぁ本当にいいのか?」

「うん、今日はみんな軍の基地務めだから。お母さんとお婆ちゃんも帰りが遅いから

お父さんとお爺ちゃんは今日は軍の基地だし、今夜はあたし一人なんだ」

「一人!?」

「うん、ちょっと待ってて、ひいお爺ちゃんに」


 そう言って澪奈は奥の部屋に引っ込むと、仏壇のお鈴を鳴らす音が聞こえた。


「ただいま龍徒おじいちゃん、じゃああたし晩御飯の用意するから」


 仏壇があるであろう部屋から出て来ると、澪奈は俺をキッチンへと案内してくれた。


   ◆


 澪奈俺に、ナポリタンとシチューを作ってくれた。

 澪奈の家はいわゆるアイランドキッチンで、綺麗に整頓されたキッチンがリビングの中にあった。


「うまい」

「ほんと? ありがとう♪」


 前に、ゲームの中で澪奈の料理を食べたが、料理スキルを持っているプレイヤーなら、しかるべき手順を踏めばそれなりの味にはなる。


 でも、澪奈はリアルでの料理の腕もよかった。


 よく煮込まれたシチューの野菜と肉はやわらかく、両方噛むと内側からうまみ成分がじわぁっと口の中に広がる。


 ナポリタンもちょうどいいゆで加減だ。

 うん、澪奈は将来いいお嫁さんになるな。


「ねぇ、刀利君」


 俺が澪奈の料理をひたすら食べていると、澪奈が口火を切る。


「余計なお世話かもしれないけど、和美ちゃんのこと、今より大事にっていうか、甘やかしてあげたほうがいいと思うの?」

「ん、なんでだ? あいつは今でも十分わがままだし甘やかしているぞ?」

「それはその、あたしが来ちゃったから、きっと寂しいと思うの」

「澪奈が来たから寂しい? 普通逆じゃないか? 人が増えたら嬉しいだろ?」

「うん、でもね、和美ちゃんって、いつもあの病室に一人きりでしょ? 三人でゲームをしている時はいいけど、私と刀利君が病室から出て行く瞬間、和美ちゃんはどんな風に思っているのかな?」

「それは……でも今までだってずっと」

「それは刀利君一人だからだよ」


 澪奈は、真摯な眼差しで俺と向き合う。


「今までは和美ちゃんも刀利君も一人だった。一人で病室に来て、一人で帰って行く。でも今は私がいる。三人で遊んでいたのに、和美ちゃんだけ病室に残して、あたしがお兄ちゃんの刀利君を連れて出て行くのって、和美ちゃんにとってどんな気持ちなんだろうって、そう考えたらね、なんだか申し訳なくなっちゃったの」

「…………」


 澪奈に言われて、俺はだんだんそんな気がしてきた。


 二人で遊んでいたのが分かれるのと違って、三人で遊んでいたのに、自分だけ置いて行かれる、それは寂しそうだ。


 そう思うと、今すぐ和美の側にいてあげたくて、胸がもやもやする。


 にしても澪奈、よくそんなことに気付いたな。


 なんていうか、素直に凄くいい子だと思う。


「だから」


 澪奈がテーブル越しに、すっと俺の顔を覗き込んで来た。


「がんばってね、お兄ちゃん♪」


 澪奈は、太陽のようにはじける笑顔が、最高にまぶしい少女だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る