第29話 現実世界最強の女子


「今この状況だと、正義の味方かな?」


 澪奈がかっこをつけて、ニヒルに笑った。


「てめぇ!」

「あのさぁ」


 澪奈は歩きながら、新たに襲い掛かったピアスの左腕をつかみ、質量を感じさせない軽々しさで真横の黒いバンに叩きつけた。もちろん、片手でだ。

 ピアスはバンのドアを突き破り、上半身は車の中だ。


「おじさん達って強化スーツ使ってるよね?」


 澪奈の体が急加速。

 有り得ない速度で近づいて、俺らの手前一メートルのところで忽然と姿を消した。


「ガハッ!」


 急に角刈りが血を吐いた。

 倒れた角刈りの真後ろに、さっきまで前にいた澪奈が立っている。


「そういうのに頼っていると、技が鈍るからやめたほうがいいと思うなぁ……」

「「ッッ~~~~」」


 ハゲとヒゲが俺から手を離して、ふところからナイフを手に駆けた。


 屈強な男二人が少女にナイフで襲い掛かる。


 一〇〇人の人が見れば、一〇〇人の人がどちらが被害者か解るだろう。つまりは、一〇〇人全員が間違うという事だ。


 澪奈が無言の水平チョップで、二本のナイフを切断した。


 ナイフの刃が二枚、ヒゲとハゲの足下に落ちた。


「武器を持つと武器に頼る、選択が狭まる、達人でも無い限り、武器を持つのは悪手よ」


 澪奈は言いながらナイフの刃を拾い上げると、なんと握りしめ、ベギリと音を鳴らしてしまった。

 手を開けば、粉々になった金属片がたおやかな手から零れ落ちる。


「「う、うおぉおおおおおおおおおおおお!」」


 ヒゲとハゲが絶叫しながら澪奈に襲い掛かる。

 もうやぶれかぶれといった感じだ。


 俺の目の間で二人の背中がくの字に曲がってぶっ飛んだ。

 五メートル以上飛んでから二人はアスファルトに背中から激突、後ろに二回転してからようやく止まった。


 最後に残ったリーダーのライター女は今までの余裕を失い、強張った表情で部下達の惨状に目を向けていた。


「ねぇお姉さん」


 澪奈がゆっくりと歩きながら、俺とライター女の間に割って入る。


「刀利君はね、あたしの大事なお友達なの、だからね」

「ヒィィッ!?」


 ライター女が悲鳴を上げた。

 俺の一からだと、澪奈の背中しか見えない。

 でもその時、俺の目には、澪奈の背中から炎のようなものが立ち上るように感じた。


 ここはゲームの中じゃない。

 感情エフェクトは無い。


 なのに、それは闘志なのか、殺意なのか覇気なのか、とにかく澪奈の強過ぎる意思が視覚的に認識できた。


 ライター女は涙を流し、腰を抜かしてその場に座り込んだ。

 澪奈を見上げながら小鹿のように震えるライター女に、今までの威厳は無い。


「刀利君に手を出したら……わかるよね?」


 ライター女は失禁。

 みずたまりの上で白目を剥いて気絶した。

 俺はその光景に唖然としてしまい、何も言えなかった。


 現実はマンガやゲームと違う。


 人間がどんなに鍛えたって、マンガやゲームの主人公のようにはならない。


 でもただの一般人だって、ゲームの世界では超人になれる。


 だからこそ今、世界中でVRMMOは流行っている。


 過酷なトレーニングを積んでも至れない境地と身体能力、スーパーパワーで痛快にモンスターを倒せる。


 なのに、澪奈はそれを現実世界でやっていた。


「大丈夫刀利君?」


 心配そうな顔で振り返る澪奈。

 彼女の姿に、俺の心臓は高鳴った。

 これがリアル無双。

 若い芽を摘んでしまう、プロ選手のメンタルをくじいてしまうという理由で、戦う事を禁止された少女の力。


「刀利君? どうかしたの?」


 呆けていた俺は、澪奈の言葉で我に帰った。


「あ、ああ大丈夫だよ。それよりありがとうな澪奈助かったよ」

「えへへ、どう致しまして」


 澪奈はぺろっと舌を出して笑った。

 やっぱり可愛いな。

 俺は思わず頬がにやけてしまう。


「でも澪奈。どうしてこんなところにいるんだ?」

「ああうん。あたしの家ってここから結構近いの。だから病院の場所だけでも確認しておこうと思ってね」

「そっか、じゃあせっかくだから和美に会って行けよ、面会時間ギリギリ残っているから」


 俺が病院へ引き返そうとすると、澪奈もあとについてきた。


「うん? あっ」


 何かに気づいたように、澪奈は立ち止る。


「あ、あのさ……よくよく考えたら、あたし行ってもいいのかな?」


 きまづそうな顔で、両手の指をからませる澪奈。


「どうしたんだよ急に?」

「いや、あたしって女の子なのにそういうの気がまわらなくって……」

「お見舞いの品ならいらないぞ?」

「違うの違うの、そうじゃないの」


 澪奈は真っ赤な顔で手を振った。


「えっと、和美ちゃん女の子だし……寝たきりの姿なんて見られたくない……かなって」


 澪奈の大きな瞳が、ついっと横にソレた。


「あいつそういうの気にしないから大丈夫だよ。ていうか来てほしくなかったら、さっきログインしている時に言っているだろ?」

「あたしに気を使ったかもしれないし」

「あいつが気を使えるように見えるのかよ? 嫌な事は嫌って言うよ……あいつはさ……今の自分を受け入れているんだよ」


 俺は少し声のトーンを落として、和美の事を思い出す。


「あいつの筋肉は徐々に弱っている。いつか自分じゃ心臓も動かせなくなる……あいつの病気が発覚したのは、小学五年生の頃だった。最初は実感湧かなかったらしくて全然平気で、でも走るのが辛くなった頃から実感しちまって、最初はずいぶん泣いていたよ」


 そして怯える妹を前に、俺は根拠の無い励まししかできなかった。


「でもあいつはすぐに悟ったんだよ、泣いても喚いても病気は治らない。じゃあ病気の上で自分には何ができるかって……それからあいつはVRMMOの世界でどんどん頭角を現すようになって、今じゃ『無双の戦乙女』なんて言われるようになった。そんなあいつに付き合っていたら、俺も『最強の無課金ユーザー』ってわけだ」


 俺が歯を見せて笑うと、澪奈も少し表情を緩めてくれた。


「むしろ病室にはどんどん来てくれよ。あいつ病室じゃいつも一人だからさ。ゲームの世界じゃ一緒でも、ログアウトしたら自分ひとりだけの部屋なんて寂しいだろ?」


 そうだ、だから俺は和美の病室でログインしている。

 目が覚めたら誰もいない部屋、じゃなくて、隣に誰かが寝ている。そういう環境にしてあげたいから。

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