第28話 悪のヤクザ
「おっと、そろそろ俺ログアウトするよ。今、和美の病室だから、病院から出ないと面会時間がな」
澪奈と協力してチーターを倒した終わった俺らは、しばらくレベル上げをしてから時間を確認。
夜の七時過ぎである事を確認して一度ログアウトすることにした。
「いいわよ。あたしもそろそろ、リアルの体で晩御飯食べないと」
最後に和美がしめくくる。
「じゃあ二時間後にまたログインでいーい?」
「「OK」」
俺と澪奈が同時に頷いた。
◆
「…………」
俺が目を開けると、そこは和美の病室だった。
和美は個室だが、隣にはもう一つベッドが用意されている。俺が寝ているのはそのベッドだ。
状態を起こし、頭に被っているH2を脱ぐ。
右に首を回すと、隣のベッドでは和美がうっすらと目を開けるところだった。
「和美、今日はおつかれさん。じゃあ続きは二時間後な」
ベッドから降りて、和美の頭を優しくなでると、和美が下唇を甘噛みする。
和美はこう見えても甘えん坊で、小さい頃は良く、母さんに『いいこいいこしてぇ』とおねだりしていた。
もうそんな年ではないが、なんとなく俺は和美の頭をなでなくなってしまう。俺には厳しい和美も、これだけは嫌がらない。
俺は和美に手を振って、病室を後にした。
◆
時間は夜の七時過ぎ。
流石に病院から出ると外は暗く、月が空で偉そうにしている。
商業区ならともかく、住宅区に分類されるこの辺りはすでに人通りが少なくなっている。
友達も恋人もいなければ妹の和美が入院中の俺は、誰もいない夜道を一人寂しく歩いて家を目指す。
和美がいるので友達がいなくても特に困らないが、俺は誰もいないのをいいことに小声でつい、
「彼女欲しいよ~」
と呟いてしまった。
「なら俺らに付き合ってもらうぜ」
俺は慌てて振り返る。
やべっ、今の恥ずかしい独りごと聞かれちゃった?
そこにいたは、黒スーツにサングラスの……でっかいゴッツイおっさん達だった。
もう一度言おう。
でっかいゴッツイおっさん達だった。
もしかしてこの人達……
俺の背筋を、冷たい汗がタラタラと流れ落ちる。
おっさん、もといヤクザ達は全員で五人。
右端から順に、ヒゲ、ハゲ、角刈り、ピアス、傷跡と呼称しよう。
よく見ると、その背後にはリーダーと思われるコワモテの女性が、右手の中でライターを転がしていた。そのライターに何に使うんだよ……
ライター女が口を歪めた。
「探したぜ狩谷のガキぃ。うちの組に作った借金一億円。オヤジに代わっててめぇに払ってもらおうか?」
ヒゲとハゲが俺の両腕をつかんで、拘束してくる。
ライター女が、未成年なら焼き殺せそうな目で俺を睨みながら歩み寄って来る。俺は高校二年生。つまり俺は焼き殺されている最中なわけだ。
凄味を帯びた瞳が、目の鼻の先まで迫る。
「なぁボウズ。あんた一億円、返せるかい? まぁ、無理だろうな」
俺は恐怖で何も言えず、ただ震えるしかなかった。
情けない話だが、でも足が笑っていうことを聞かない。
俺はただの平和な高校二年生なのにどうして夜道にいきなりヤーさんに捕まっているんですか? 答えくれよ神様!?
ライター女は踵を返すと、ヒールでコツコツと音を立てながら足を進める。
「行くぞお前ら。闇医者のところで今夜中に内臓を売りさばく」
「のぉおおおおおおおおおむがが」
俺があらんかぎりの力で暴れながら悲鳴を上げるが、角刈りに口を押さえられて、しかもヒゲとハゲが万力のような力で俺を押さえつける。
痛い、掴まれている腕の骨が軋んで、今にも折れそうだ。
なんつう怪力だ……
ライター女が肩越しに笑う。
「逃げようなんて思うなよ? 最近はうちらの業界もハイテク化が進んでいてな。金の取り立てには強化スーツが必須だ」
ピアスが黒スーツとシャツの前を開けると、中にはテレビで見たことがある、光沢を持った青地が見えた。
二一五〇年現在。強化スーツは幅広い業界で利用されている。
人間が動く方向に合わせて縮み、動きを助けてくれるスーツはそれこそ警察や消防、レスキュー、介護を支え、身体能力は常人の三倍から五倍と言われている。
ゲームの世界じゃ『最強の無課金ユーザー』と言われる俺も、ひとたび現実世界に出てしまえば矮小な一高校生に過ぎない。
それこそ、これが本当の現実だ。
ライター女を先頭に、ヤクザ達が歩きはじめる。
俺は足が地面から離れて、ちゅうぶらりんのまま子供のように連れてかれる。
少し離れた道路に、黒いバンが止まっている。あれに乗せて俺を闇医者のいるところまで運ぶのだろう。
ごめんよ和美、お兄ちゃんはゲームクリア前に儚い命を散らせてしまう。
でもお前だけは、お前だけは助かるようギリギリまで交渉を、
「何しているの刀利君?」
俺がついさっきまで聞いていた声で、ヤクザ達の足は止まった。
道路に止まるバンの、さらに向こうから、絶世の美少女が歩いてくる。
動きやすそうなスニーカーに短パン、そしてゆるいTシャツ。
肩まで伸びた濡れ羽色の髪は夜に染まって、月の光の下で光った。
「ねぇねぇ、おじさんたち刀利君をどうするの?」
澪奈!?
その姿は、紛れも無くさっきまで一緒にハーフ・ハンドレッドをしていた澪奈だった。
澪奈は同じ東京都出身らしいけど、それにしたって来るの速過ぎるだろ!?
「なんだてめぇは?」
「こいつの知り合いか?」
澪奈は腕を組み考える。
「う~んそうだなぁ……あたしが誰なのかって言うと今この状況で一番近いのは……」
ライター女が、冷たい息を吐きだした。
「ふー、面倒だ、そいつも連れて行きな」
「へいっ」
指を鳴らしながら、傷跡が澪奈に襲い掛かった。
刹那、傷跡の巨体で澪奈が隠れると同時に、聞いた事も無い衝撃音で、傷跡は頭上に打ちあげられた。
後ろへと回転しながら、傷跡は背中から地面に落ちて、後頭部を打ちつける。
傷跡は動かなくなり、ただ澪奈だけが、足を一八〇度真上に掲げた状態で佇んでいた。
「今この状況だと、正義の味方かな?」
澪奈がかっこをつけて、ニヒルに笑った。
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