第26話 六階層のボス



 次の日、土曜日の午前、俺らはボスの部屋の前にいた。


「ここが六界のボスの部屋か」


 古代遺跡のようなダンジョンの奥に、重々しい鉄の門が鎮座している。

 この先に、六界のボス。

 情報では、二〇以上のパーティーが挑み、撃沈しているらしい。


「行くぞ!」


 でもこっちはボス退治経験者三人。

 俺は自信たっぷりに門を開けた。


「ぎゃあああああああああ!」


 視線の先で、フルアーマー姿のプレイヤーが砕け散った。

 かつては謁見の間であったと思われる遺跡の部屋。

 そこにいたのは、身長四メートルはあろうかという、二足歩行のチーターだった。

 やや前傾姿勢で、人間的な骨格の腕手の先に、剣のような爪が五本生えている。

 チーターの獣人が喉を鳴らして、俺をロックオンする。


「来るぞ!」


 チーターの突進。

 敏捷値ばかり育てた俺ら三人の回避運動ですら、ギリギリで間に合った。


「マッド・フィールド!」


 和美が足場を悪くしようと、床を泥に変えた。でも泥が完成する前に、チーターは天井高く跳躍して、天井を蹴り突貫してくる。


「くっ!」


 前周り受け身で回避、振り返ると、もうチーターは和美に襲い掛かっていた。

 鋭い爪が和美に迫り、割って入った澪奈がパリングで防ぐ。

 だからといって和美は澪奈の背中に隠れているだけじゃない。

 魔法戦士である和美は素早く床を疾走し、横から澪奈に気を取られているチーターへサンダーを放った。


「■■■■■!」


 チーターはバックジャンプ。

 背後の壁まで跳んで、壁を蹴り反対側の壁までジャンプ。

 部屋の壁を、巨体に似合わない俊敏さと跳躍力で自由自在に跳び回った。

 和美が声を硬くする。


「みんな、これにやられたのね……」

「らしいな。六界から急にレベルが上がるんじゃなくて、攻撃方法、特性が厄介になったって感じだ」

「来るよ!」


 チーターが何度目かの跳躍で突然急降下。メテオのように飛来し、前足で床に巨大クレーターを穿った。


 直撃は免れたが、飛び散った床の破片を浴びて、俺の視界左上に表示されたHPバーが一ミリ減った。


 それから、チーターはまた壁に跳躍。頭上から俺らを狙う。

 その時、和美が怪訝な顔をした。


「あれ? ねぇお兄ちゃん。今まで速過ぎて気付かなかったけど、あいつHPバー短くない?」

「え?」

「いや、あれは短いっていうよりも……減ってるよ!」


 澪奈が叫んで、俺は目を凝らす。


 HPバーはモンスターの頭上に表示されるので、モンスターが動くとHPバーも一緒に動く。


 アクロバットな動きのチーターのHPバーは視認しにくいものの、HPバーが減っているというのを前提にして見ると何とか認識できた。


 確かに、HPが三割ほど減っている。


「たぶん、さっき戦っていら連中が削ったんだろうな」

「でもお兄ちゃん。確かボスって戦闘が終わったらHP全回復するんじゃなかったっけ?」


 和美の言う通りだ。


 というかそうでなければ後でチャレンジしたパーティー程有利になってしまう。


 ……いや、もしかして。


「俺らが部屋に入った時さ。最後のプレイヤーが死ぬ所だったよな?」

「うん」

「もしかしてゲーム的に俺らは増援として扱われて、まだ前の戦闘が続いているんじゃないか?」

「「ていうことは?」」


 俺は大きく頷く。


「ああ、俺らは、強敵ボスと弱体化した状態で戦えるってわけだ!」


 チーターを落ちて来る。

 俺は半歩だけ退くが逃げない。

 引きながら刀を振るい、チーターの額を斬り裂いた。


 斬った部位に赤いラインを刻まれたチーターは低く唸って、間髪入れず澪奈の右ストレートを喰らった。


 そのまま俺と澪奈は畳みかける。

 俺は剣よりも遥かに振りの速い刀使い。


 澪奈は格闘家で両手それぞれで攻撃が出来る為、手数は他プレイヤーの二倍だ。


 チーターも速いが俺らも速い。


 矢継ぎ早に斬撃と打撃のラッシュをかけて、俺らは勝負を決めようとする。


 チーターは怯みながら、鋭い爪を振り下ろす。


「はっ!」


 澪奈のパリング。

 澪奈はチーターの右腕の攻撃を全てパリングしながら鋭い蹴りを浴びせた。


 横に並ぶ俺はチーターの右腕を刀で迎撃し続け、隙があれば刺突を浴びせた。


 敵の攻撃を裁きながら、体格差を埋めるためにリーチの長い蹴りと突きで対応。チーターのHPバーが徐々に削れていく。


 やはり攻撃特性が厄介なだけで、パラメーターそのものが前界のボスより格段に上がっているわけではないらしい。


「■■■!」


 チーターが吼えて跳躍。


「くそっ、また上に逃げられた!」


 その時、和美の頭上に電球が閃いた。


「二人ともこっちにきて!」


 何か考えがあるんだろう。

 俺と澪奈は和美の元へ走り、俺ら三人は壁の近くに並ぶ。

 和美が槍を振るった。


「マッドフィールド!」


 俺ら三人の目の前の床が、まるごと泥地帯へと変貌。

 それで、俺は和美のやりたいことを理解した。

 壁の近くいれば、必然的にチーターが襲ってこれるのは前側になるだろう。

 そして前からあの巨体が迫れば。


「■■■■■■■■■■■■!」


 チーターが天井を蹴り、斜め上から飛来。

 俺らは前に跳んでかわすが、チーターは壁に突っ込んで、胸から下は泥に突っ込んでいた。


 チーターの背後から俺と澪奈は襲い掛かる。チーターはすぐに振り返るが、滑って転倒。


 ブレイク状態だ。


 虚空にライトブルーのエフェクトを引く俺の刀と、ライトレッドのエフェクトを引く澪奈の拳や脚が獣のボディへ殺到。


 攻撃妨害魔法は味方には効果が薄くなる。それにマッドフィールドは体重の重いキャラほど効果が高い。


 人間で装備も身軽な俺と澪奈がスリップする可能性は極めて低い。


 HPバーがどんどん減る中、チーターは身をかがめて跳躍体勢に入る。跳躍でこの泥地帯から逃れる気だろう。


「アクア・レイン!」


 和美の頭上から、チーターへと水の矢が降り注いだ。


 チーターは怯み、クラッシュ状態のチーターにまた鋭利な斬撃と凄烈な打撃を加えた。


 フレイム、サンダー、アイス、アクア、などの単発技と、

 フレイム・レイン、サンダー・レインなどの全体技には、攻撃範囲以外にも大きな違いがある。


 単発技は武器の先端、この場合、和美の槍の先から真っ直ぐ放たれる。


 対して、全体技は和美の頭上から敵めがけて降り注ぐ。つまり、敵の上から攻撃できる。


 結果、上へ跳ぼうとしたチーターは迎撃されて、アクションを潰された。


 チーターのHPバーがレッドゾーンへ突入。


 それを確認すると、澪奈が叫んだ。


「和美ちゃんトドメお願い! 狼王拳!」

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