第25話 モンスター肉がうますぎる
「はーい♪ シチューができたわよー。あとこっちは照り焼きで、こっちはステーキね♪」
街の宿屋で調理スペースから澪奈が次々料理を運んでくる。
食卓テーブルについた俺らの前に、美味しそうな湯気と匂いを立ち上らせる料理が置かれて、ただの電子情報なのに俺らは生唾を吞みこんだ。
「まさか澪奈のサブ職業が料理人だったなんてな」
「VRMMOでしか食べられない味もあるからね♪ 調理難易度が高いどんなの食材のどんな料理もできるようにしておきたいの♪ それじゃ」
言いながら、澪奈も笑顔でテーブルについた。
「「「いただきます」」」
まずはシチューの中にごろごろと入った、おおぶりな肉をスプーンですくい口に運んだ。
まずそれだけで、表面の肉汁が舌を刺激してあごのつけねがしびれた。
噛むと柔らかい肉が潰れて、じわぁぁあっと濃厚の肉汁が口いっぱいに広がった。
柔らかくも程良く噛みごたえもあって、一噛みするごとに新しい肉汁が溢れ出る。
美味い、美味すぎる。
俺はかつて、これほど美味しい肉を食べた事が無い。
いや、そもそもうちは貧しいので肉自体、安いバラ肉や給食の肉程度しか食べた事無いんだけどな。
それでも、とにもかくにもこの肉は美味し過ぎた。
それは和美も同じのようで、なんと涙まで流している。
無理も無い。
和美は筋肉が弱っていく病気で、物を噛む事ができず、現実の肉体は全て流動食で食事を済ませている。
流動食を胃へ直接流しこまれる和美にとって、この仮想世界は物を噛み、口の中で味わい、吞みこめる唯一の世界だ。
俺らが街にいる時はポーションでは無く、食事で回復をするのも、和美に食べ物の味を感じて欲しいからだ。
「そんなに美味しい? それならあたしも作った甲斐があったよ」
「うん……あたし病気で流動食しか食べれないから、特に感動しちゃって」
聞いた途端、澪奈の目がまんまるに開かれた。
「え!? そうなの!? じゃあもっと食べていいよ、ほらおかわり」
澪奈は鍋からおたまで残りのシチューをすくい、和美の皿に足していく。
「そんなにいいのか? お前が食べたくてお前が調理した肉だろ?」
「何言ってるの刀利君? ご飯は、みんなで食べるから美味しいんだよ♪」
太陽のように笑う澪奈がまぶし過ぎて、俺も目から涙が出た。
澪奈様マジ天使。
「でも流石はハーフ・ハンドレッド一〇大珍味の一つ。豚肉と牛肉と鶏肉のいい部分を混ぜた味を再現したらしいけど、こういうのは仮想世界じゃないと再現できないよね」
「そりゃ美味いはずだな。逆に繊細な味は再現できないから、今でも料理業界は仮想味覚に否定的だけど、そういうファンタジーな自由度は流石だよな」
噛んだ時の肉汁の量だって、現実世界では有り得ないだろう。
それもまた、仮想世界だからこその食材だ。
「そういえば澪奈。澪奈はなんでこのゲームに参加しているんだ? 俺らは親父の作った借金五億円を返す為なんだけどよ。ボス四体も倒したなら、澪奈も賞金目当てなんだろ?」
「ううん。あたしはただ思い切り戦いたかったから」
あっけらかんと言う澪奈。どういう事だ?
「あたしリアルでもめっちゃ強いと思うのよね。毎日お爺ちゃんとかお婆ちゃんとかお父さんと戦っているんだけど。中学の時にお父さん超えちゃって今じゃ相手になるのがお爺ちゃんとお婆ちゃんだけなのよね~」
「澪奈の家って道場なのか?」
「ううん、うちは普通よ。お爺ちゃんの影響で軍属多いけど」
爺ちゃんが日本兵なのかな?
「えーっと、そのお前の爺ちゃん婆ちゃんの強さは良く解らないけどさ、澪奈って学生だよな? じゃあ部活とかで」
澪奈は笑いながら顔の前で手を振った。
「あー、無理無理。あたしお爺ちゃんに運動部禁止されているから」
黙々と肉を食べていた和美がようやく顔を上げた。
「酷いお爺ちゃんねぇ。何が憎くて孫の部活を禁止すんのよ」
「う~ん、なんかねぇ『お前が出ると若い芽を摘んじまう』からだって」
俺と和美は硬直して、動けなくなった。
「じゃあ大人の部に行きたいって言ったら『オリンピック選手のメンタル潰すなよ』だってさ。結局人間で相手してくれるのはお爺ちゃんとお婆ちゃんだけだよ」
俺と和美はスプーンを落として、澪奈は俺らの様子を不思議そうに見ている。
それなんていうジョーク?
つうか、うん、解るよ。
例えば剣道だ。
中学時代、俺は剣道部の田中って言う奴と知り合いだった。
でも田中は、地区大会で自分を瞬殺した奴が、全国大会で瞬殺されて剣道をやめた。
自分を瞬殺した奴を瞬殺した奴がいる。でもそいつでさえ全国優勝はできなかった。
なら自分と全国覇者との間にはどれほどの開きがあるのか?
それは埋まる差なのか?
そんな事を考えているうちに、田中は剣道への情熱を失ってしまったらしい。
でも……だからって部活禁止、まして大人相手もダメって、つうか人間でってどういうあれだよ。人間以外の何と戦っているんだよ?
澪奈はステーキを食べながら一言。
「このお肉、ヒグマの八倍おいしぃ♪」
その時、俺の目にはヒグマを素手で蹂躙する澪奈の姿がハッキリと見えた。
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