第17話 学校に押し入るヤクザ

「おい狩谷! おまえハーフ・ハンドレッドやってるんだって!?」

「しかも最初のボス倒したのお前なんだろ!?」

「すっげー! お前新聞に出てるぞほら!」


 ゴブリン王を倒した次の日の朝。

 先生に呼び出しを喰らい、学校へ顔を出した俺は、さっそく教室で注目のマトだった。


 クラスメイトが突き出した携帯端末の画面には、ハーフ・ハンドレッド攻略にもっとも一番近いプレイヤーとして、俺と和美の名前が挙がっている。


 俺も和美も素顔本名で参加しているせいで、クラスメイトにはだだ漏れだ。


 野次馬根性を剥き出しにしたクラスメイト達が、興味津々の目で俺を取り囲んで来る。


 普段はちっとも喋らないくせに、こんな時ばかりもてはやしやがって。


 いや、普段はもてはやす理由が無いから当然なんだけどな……


 一人の男子が俺に顔を近づける。


「賞金入ったんだよな? なあ?」

「一界のボスじゃ倒しても一〇万円だよ。それにうち、親いないから生活費で消えちまうよ」


 今度は一人の女子が、


「でもでも優勝したら一〇億円でしょ?」

「そしたら俺に一〇〇万、いや、一〇〇〇分の一でいいからくれよ!」

「同じじゃねえか!」


 中には物欲塗れの奴もいるが、結構な人数が俺に羨望の眼差しを送っている。


 う~む、これが新聞の力か。


 俺は今までただのゲーマーで、同じゲーマーにしか評価されなかった。


 でもハーフ・ハンドレッドは、今や新聞やニュースで大々的に取り上げられ『俺は凄腕ゲーマー』というよりも『今一〇億円にもっとも近い男』として紹介されている。


 そりゃあクラスメイトの見る目も変わるというものだ。


 理由はどうあれ、良い意味で注目される分には悪い気はしないな。


 優越感で俺の口角が上がりそうになると、教室の児童ドアが乱暴に開け放たれた。


「ゴルァ刀利ゴルァッ!」


 自動ドアを足で強引に押しあけたのは黒スーツを着たサングラスの三人組。

 ロングヘアーの向日葵蜜柑。

 ショートカットの桜桃。

 ミディアムヘアーの牡丹林檎だった。

 ちなみに、三人とも俺と同い年である。

 それでも迫力は本物のヤクザそのものだ。


 向日葵はサングラスをはずし、切れ長の目で俺を睨みながら首根っこをつかみあげた。


 ゲーム世界じゃ『最強の無課金ユーザー』としてならした俺も、現実世界ではこんなものだ。


 女性、いや、同い年らしいから女子の腕一本で教卓の上に投げ出された俺を、向日葵の顔が覗きこんで来た。


「おいてめぇ、あれから一本も連絡よこさねぇで、金を用意する目処は立ったのか?」

「えーと、それはですからハーフ・ハンドレッドでですねぇ」

「あん? ハーフ?」

「いえなんでもないです!」


 よく考えたらネトゲの大会で優勝すれば賞金が入る、なんてヤクザに言えば殺されるに決まっている。

 この三人には黙っておこう。


「言っとくがな狩谷、親父と紛らわしいから刀利! てめぇ借金返せなかったら内臓全部売るからな!」

「ひぃすいません!」

「すいませんじゃねぇだろ家畜がぁ!」

「ぶひー!」


 視線だけで人を焼き殺せそうな眼光に、俺は涙を流しながらブタのマネをするしかなかった。


「ぶひぃ~~~~!」


   ◆


「へぇ、親の借金を返す為にネトゲねぇー」


 朝のHR前。職員室では、担任である女性教師が額にペンを押し当てながら、パソコンでハーフ・ハンドレッドのニュースを眺めた。


 二十代後半以上の年齢情報をくれない担任は眉間にしわをよせてから、ふむ、とペンとくわえた。


「まあいいわ。学校はしばらく休学扱いにしてあげる」

「マジですか!?」


 職員室にいる事を忘れて、俺は思わず大声を上げてしまった。

 だって、ここは高校、学び舎だ。

 ゲームをする為に学校を休んでもいいなんて、通るわけがないと思っていた。


「先生だって鬼じゃないわ。流石に借金五億円もあったら特例を認めるわよ。それにこのニュース。今一番一〇億円に近い男、か……まぁ結果も出しているし、いいでしょう。今日は帰っていいわ。早くレベル上げでもしなさい」

「せんせ~~!」


 俺は感動のあまり滝の涙を流しながら、おいおいと泣いた。


「もっとも、借金五億円なんていう話じたい信じられないんだけど」


 先生の視線が、俺の背後へ飛んだ。


「その人達がいるんじゃあ、信じるしかないでしょ……」


 先生の引きつった顔は、俺の背後、向日葵、牡丹、桜の三人に向けられていた。

 黒服グラサンが三人。

 ここまで職員室が似合わない連中もいないだろう。

  

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