第11話 ゴブリン盗賊団


 地獄を見た俺は、剣を杖にして納屋の裏からみんなのいる場所へと生還する。

 肉体的にもHP的にも無傷だけど、精神的にはボロボロだ。


「ぬぉお……一発一発にベヒーモスを連想しちまったぜ……」

「あたしの筋力敏捷パラメーターでそんなに強いパンチ打てる分けないでしょ! もお!」

「いや、和美の顔がベヒーモスよりも怖かったから」

「まだ言うかあああ!」


 和美が背中に飛び乗ってきて、後ろから俺の首をしめる。


 ギブギブ、それにしても喉が潰れているのに呼吸が出来るのって不思議だな。


 さっき説明したように、触角はある為、和美が俺の首を閉めると、気道が潰れる感触がある。


 でも現実の体、今頃ベッドで寝ている俺の体は当然首なんて絞められていなくて気道も正常。


 だから、息を吸おうとすると、普通に吸える。


 H2は筋肉を動かそうとすると、その電気信号を拾い上げて、アバターを動かす信号へと変えてしまう。


 でも呼吸だけは別だ。


 ゲーム世界には気温や煙などの設定があるが、当然ゲーム世界に空気があるはずもない。


 息を吸うと現実世界でも息を吸って、フィールドが火山地帯だと、息苦しさを感じる電気信号を脳に送る、という仕組みだ。


「それでは皆さん、今日はよろしくお願いしますですじゃ」


 俺が和美に殺されかけている間にも、クエストイベントは進んで行く。

 そしてこれはゲームのイベント。

 本当にゴブリン盗賊団が車で張り込みをするはずもなく。


「むっ、あれは。大変ですじゃ皆様、早速連中が来ました。では後は頼みましたぞ」


 それだけ言って、村長や他の村人は家の中へ引っ込んでしまった。


「和美、もうすぐここもバトルフィールドになる。下りてくれ」

「あっと、そうね」


 和美は俺の背中から飛び下りて、槍を構えた。


 普通、街や村の中は非戦闘区域で、何をしてもダメージを受けることはない。


 ただしクエストなどのイベントバトル、いわゆる市街戦の場合はその限りではない。


 イベントバトルが始まったった途端、俺は首を絞められたことによるダメージを受けてHPがじわじわと減っていった事だろう。


「さてと、敵は……」


 みんなと同じ方を見ると、村の出入り口、地平線から土ぼこりが見える。

 周りのプレイヤーはみんな武器を構えて臨戦態勢に入る。

 でもいまいち緊張感が無い。

 みんなが口々に言い始める。


「つってもよぉ。たかがゴブリンだろ?」

「全体的攻撃なら一掃できるじゃねえか」

「いや、一番多く倒したプレイヤーがクエスト達成なんだから、尋常じゃない数なんだろ?」

「何千とかか? それなら確かにDランククエストなのも解るな」


 言われてみると、確かに不自然だ。

 クエストの内容はゴブリン盗賊短退治。

 で、ある以上はゴブリンの集団なんだろう。

 でも俺と和美がレベル上げで利用していたように、ゴブリンは弱い。

 かなり弱い。

 中にはホブゴブリンというちょっと強いゴブリンもいるが、特別強敵というわけではない。


「お兄ちゃん。数が多すぎると、MP切れになっちゃうから、そうしたら頼むわよ」

「ああ、せいぜいお兄ちゃんを頼ってくれよ」


 剣士である俺はMPが切れて『回転斬り』や『乱れ斬り』などの体術が使えなくなっても、通常攻撃でなんとかなる。


 でも、和美は限りなく魔法使いに近い魔法戦士。解り易く言うと、極端に敏捷値の高い魔法使いだ。


 魔法戦士は覚えられる攻撃魔法にいくつか制限がかかる代わりに、普通の魔法使いよりも高い身体能力を持つ。


 和美はレベルが上がる度に、敏捷値を優先的に上げて来た。


 戦士のようにフィールドを駆けまわりながら敵に攻撃魔法をブチ当てる、動く術師なのだが、筋力が低い為、槍による通常攻撃は威力が低い。


 MPがなくなれば、戦闘力は一気に落ちる。


 俺は索敵スキルを使用。


 俺の視界の右上に、マップと敵を示す赤丸がいくつも浮かんだ。


 マップの端から湧きあがる赤丸の数は、三〇や四〇では効かないだろう。


 でも、こっちには五〇人以上のプレイヤーがいる。


 これからまだ増えるとしても、この程度じゃ……へ?


 巻き上がる土煙りが徐々に近づいてきて、地鳴りが聞こえる。


 小柄なゴブリン達数十人で地鳴り?


 俺の視力が、ゴブリン盗賊団の姿を捕える。


 小柄だが緑色の肌をした、恐ろしい顔つきの小鬼達は皆、右手に湾刀を握り高々と掲げている。


 そして余った右手には手綱を持ち……赤いダチョウに乗っていた。


 ダチョウのように翼が退化した巨大鳥、ランドバードだ。


 その鋭いクチバシと強靭な脚力から繰り出す蹴りは、この一界でかなり厄介な敵だった。


 ゴブリン盗賊団は、一人残らずそのランドバードにまたがっていた。


『マジですかあああああああああああああああ!?』


 プレイヤー達の悲鳴に、俺も頷いた。

 さしずめ騎兵ゴブリンってとこか。

 俺と和美なら、ランドバード程度どうって事は無いけど、数が多いな。

 戦術を組み直そう。

 こっちも人数がいるし乱戦は必死。そうなると、


『先手必勝だ!』


 一部のプレイヤーが先走って、弓兵が矢を、魔法使いが攻撃魔法を放った。

 他にも抜け駆けしようと、集団から戦士系職業が次々抜け出して走り出す。


『■■■■■‼』


 ゴブリン達とランドバードが奇声を発して横に跳んだ。


 華麗なジャンプで矢や魔法をかわして、抜け駆けしたプレイヤー達を吞みこんだ。


 ゴブリン騎兵隊VSプレイヤー一三名。


 俺は索敵スキルで視界の端に表示させているマップで、敵を意味する赤丸とプレイヤーを意味する緑丸、パーティーメンバーである和美を示す青丸の位置を確認しつつ観戦。


 広場にとどまった他のプレイヤーも同じようだ。


 未だ戦った事の無い敵を相手に、まずは情報を集め、それから対処しようというのだ。


 より多くの敵を倒したプレイヤーの勝ちとはいえ、あの一三人は先走り過ぎと言えるだろう。


 一三人の戦いぶりは酷いものだった。


 ランドバードに蹴られ、クチバシで突かれ、最後は馬上ならぬ鳥上から長い湾刀を振り下ろすゴブリンに斬られる。


 倒れ伏せば、ランドバードの鋭い鉤爪のついた足にふみつけられてしまう。


 やがて何人かのプレイヤーがガラス質になって、倒されたモンスターのようにして爆散した。


 彼らは最後に立ち寄った街の神殿で復活していることだろう。

 最初に一三人は、五分もしないうちに全滅。

 そして残念なことに、これといった情報は得られなかった。

 得られたのは、相手が強いということだ。


 俺は口をひんまげる。

「ちっ、役に立たねぇ雑魚共だぜ」


 和美はゴミを見るような目で。

「どうせ死ぬなら人様の役に立ってから死ねばいいのに」


 俺らの発言に、周囲のプレイヤーがちょっと距離を置いた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【電撃文庫】より【僕らは英雄になれるのだろうか】発売しました。

 カクヨムに試し読みを20話分まで投稿しています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る