第2話 フルダイブゲーム


 西暦二一五〇年、四月。

 俺、狩谷刀利の意識はお気に入りのゲームソングに導かれてゆっくりと覚醒する。


『おはようございますトウリさん。現在の時刻は七時三分です。朝食は昨日同様、コース一でよろしいでしょうか?』

「はいはい、よろしいですよ」


 頭上から聞こえる、女性の優しい電子ボイスに返事をして、俺は目をこすった。


『では私を装着し、歯を磨き、顔を洗い、着替えて下さい』


 俺は重たい体をベッドから起こし、枕もとに置いた腕時計型携帯端末、ライフ・リンク・ギア、通称LLGを左手首にはめた。


 俺が部屋から出て洗面台へと向かう間、LLGのサポート人工知能、通称SAIは俺の脳内で喋り続けた。


『トウリさんの気になるニュースは四件。一つ、最新オンラインRPGハーフ・ハンドレッドの発売直前PV公開。二つ、人気女性声優Z氏が人気男性声優X氏と結婚。三つ、コミックアライブ連載のガンナーブレイド、作者急病の為二ヶ月休載。そして四つ』


 俺の脳内でSAIが、


『爆乳アイドルM氏が来月末、初の水着写真集を出します』


 それはいい。


 LLGを手首にはめると、SAIは骨を通して直接頭に声を伝えてくれるため、周囲の人には聞こえない。


 今の情報なんて、まわりに人がいたら新手の電子テロである。


 たった一人の家族である妹は病院に入院中だから、俺は一人暮らしだが用心の為に設定を変更した。


 俺は洗面台の前に立つと、コップに水と洗浄殺菌用の薬を入れて口に含む。


 それで口をすすぐと、今度は防菌用の薬を入れた水で口をすすぐ。


 これで俺の歯磨きは終了。


 不安な人や健康マニアは今でも歯ブラシを使うらしいが、面倒なので俺はこれで済ませる。


 これだけでも虫歯になる確率は従来の一割未満、朝晩三分ずつのブラッシングなんてやる気にはなりませんなぁ。


 続いて洗面台に栓をして水を張ると顔をつけ、蛇口の側のスイッチを押す。


 すると水が超音波で高速振動して、俺の顔のミクロな汚れも落としてくれる。


 一〇秒後、水面から顔を出してスイッチを切り、水を抜いてから俺は着替えて、キッチンへ向かった。


 キッチンでは一人分のご飯が炊きあがり、スープメーカーから落ちた味噌汁がお椀を満たし、レンジを開けると目玉焼きができている。


 俺は炊飯器からご飯をよそい、目玉焼きは皿に移してから食卓テーブルへ運んだ。

最後は味噌汁に増えるわかめを入れて終了だ。


 昼食や晩飯と違って、朝は食べる物が決まっている人が多い。その為、朝食の用意がかなり自動化が進んでいるものの、さすがに味噌汁を具、例えばジャガイモやタマネギを刻んで煮込む、なんていうのはまだ無理だ。


 具の豊富な味噌汁が食べたければ、自分で用意するか、でなければちょっとお高めのインスタントみそ汁を買うしかない。


 あらかじめ刻みゆでられた味噌汁の具がパック詰めにされているモノだが、俺は安いのでこの増えるわかめで我慢している。


 何せうちには金が無い。


 母は出て行き、失踪した父は生活費を振り込んだり振り込まなかったり。


 俺の口座に振り込まれる、二人分の子供手当が無ければ高校二年生の俺はとっくに飢え死にしているだろう。


 朝食を食べ終わった俺は、食器を食洗機にいれながら時計を見て時間を確認する。


 七時二五分、三〇分は遊べるな。


 俺は自分の部屋に戻ると、青いヘッドギアのようなソレを手に取り、頭に被った。


 ヘッドギア型ゲームハード。頭につけるハードということで、ヘッド・ハード、H2という呼び方が定着している。


「SAI、三〇経ったら警告してくれ」

『わかりました。ゲームは学校へ遅れない程度にお楽しみくださいませ』


 俺は枕に頭を預けて、目を閉じるとヘッドギアのダイブスイッチを押した。


 途端に視界がスパーク。


 まぶたを開けてもいないのに、俺の視界は白光に包まれた。


 心地よい浮遊感。


 光のトンネルを高速飛行でくぐりながら、俺の前にウィンドウが開いた。


 俺はいつも通り、その中からお気に入りの無料オンラインRPGを指でタッチ。ウィンドウが閉じて、トンネルの出口が見えた。


 光の出口を通り抜けると、まばゆいばかりの、でもまぶしくない光が晴れた。


 俺の足の裏が地面に降り立つ感触を手に入れる。足なのに手にするとはこれ如何に?


 体は軽装鎧に包まれ、背中には大ぶりな剣が鞘に収まっている。


 顔も変更できるけど、俺はあえて素顔でプレイしている。


 五年前、アバターを作らず、体をスキャンして素の姿でプレイできるシステムが確立。


 そうすると顔を売りたい人や、スタイルに自身のある一部のプレイヤーが自身の姿でプレイし始めた。


 それに続いて、自分自身で冒険したいという人も現れた。


 理想の姿で冒険のするのもいいが、それは自分では無いかりそめの姿だ。普段とは違う自分になれるからと、アバターを使い続ける昔ながらの人がいる一方で、自分自身の姿で武装し、カッコよく戦い冒険がしたいと、素の姿でプレイする人も増えている。


 俺もその一人だ。


「よっしゃ、じゃあ三〇分で何体狩れるかなっと」

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https://dengekionline.com/articles/127533/

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