第3話 フルダイブゲーム事情

「よっしゃ、じゃあ三〇分で何体狩れるかなっと」


 場所は前回最後にプレイした火山地帯。

 肌を焼くリアルな熱い空気に硬く赤い地面。

 遠くには活火山が並び、空には、炎を吐く巨大鳥が飛んでいる。

 視線を下ろすと、少し離れた場所に岩石モンスターが何体かウロついている。

 俺は背中の剣を勢いよく引き抜くと、その重量感を手に感じながら口角を上げた。


「行くぜぇ!」


 俺は赤い大地を走り出す。

 照りつける太陽と火山地帯特有の空気をかきわけ大地をふみしめる。


 今は西暦二一五〇年。

 テレビゲームはヴァーチャルゲーム、そして仮想世界ゲームへと進歩した。


 それを可能にしているのが、H2だ。

 このドリームマシンができるまでには長い道のりがあったらしい。


 まず人間の意志を電脳空間、ゲームの世界に飛ばすというアイディアは、一〇〇年以上も昔、二十世紀の小説やマンガで既にあったらしい。


 ただし当時は脳味噌の仕組みすら満足に理解できておらず、未知のブラックボックスの塊である脳内の、人間の意識をコンピューターの中に飛ばすなんて夢物語だった。


 だが二十世紀中盤、立体映像技術の進歩で人間は直接剣や銃型コントローラーを手に、自分の体を使ってモンスターと戦うことができるようになった。


 でも遊ぶには広いヴァーチャルルームが必要で、家庭へ普及はしなかった。


 そして革命が起きたのが西暦二〇七〇年。


 日本政府が警察やレスキュー隊の訓練用に開発したソレは、装着者が体を動かそうと発した電気信号を拾い上げてアバターへ反映させ、仮想世界での出来事を脳の視覚、聴覚、触角、嗅覚、味覚を司る部分へ電気信号を送り込み、仮想世界を体験させた。


 なので、仮想世界で走っても実際の肉体がベッドの上で足をバタつかせることはない。


 そして当たり前だが、本当に別世界があって、そこへワープしているわけじゃない。脳味噌へ偽の情報を送り込んで、錯覚を起こしているだけだ。


 でも、これは部屋中を埋め尽くす機械に支えられた技術だった。


 それをベッドサイズにまで小型化するのに一〇年。

 ヘルメットサイズにまで小型化するのに一〇年。

 ヘッドギア型に小型化するのに一〇年。


 そして今度は特許の壁が立ちはだかった。

 二一〇〇年。日本政府は警察やレスキュー隊の訓練用に、この装置を導入したが、ゲーム会社が利用するには高額の特許料を払わねばならず、とてもではないが子供の小遣いで買える額を超えてしまう。


 電子レンジがそうだったように、ゲーム会社は特許期限が切れるのをまった。

 電子レンジもマイクロ波で調理する方法の特許ができたのは一九四五年で、その後、家庭用電子レンジが発売されたのは一九六五年だ。


 二一二〇年。ついにゲーマーがゲームの世界へ行けるかと思ったら、今度は世論の壁が立ちはだかった。


 一部の教育評論家曰く、仮想世界で自分自身がゲームのキャラとなって遊ぶのは刺激が強く、子供のが現実と仮想世界の区別がつかなくなり、少年犯罪へ繋がると言うのだ。


 新しいモノを叩くのが大好きな大人達はこぞってこの説に賛同して、H2は発売禁止。


 それから何度も検証実験や調査が行われて、H2を取り上げられた子供達が大人になった頃、ようやく、H2の発売が許可された。


 発明者も、まさか一般家庭普及に半世紀以上もかかるとは思っていなかったろうに。


「喰らえ岩石野郎!」


 俺は剣を上段に構えると、必殺技の一つを『使おうと』する。

 俺の剣が冷気を帯びて、冷気の刃が火山地帯に住むヒートゴーレムの体を打ち砕いた。


 ヒートゴーレムは鈍く唸り、後ろによろめく。


 俺の眼前にさらけ出された腹へ、俺はまた必殺の技の一つを『使おうと』した。

 俺の体が金色の光を帯びて、剣を前へ突き出し弾丸のように加速した。

 背中から未知の推進力が生まれて、俺の体はヒートゴーレムを剣で串刺しながらカッ飛んだ。


 仮想世界におけるバトル系ゲームを盛り上げる必須システム。それが生体フィードバックだ。


 仮想世界でプレイヤー自身がゲームのキャラになって戦う上で問題になったのが、操作方法だ。


 テレビゲームの場合、ターン制なら十字キーでコマンドを選んだり、リアルタイム制ならボタン操作で技を出す。


 でも仮想世界におけるヴァーチャルゲームは、極限のリアルタイムバトルが売りなのだ。


 いちいちウィンドウを開いて次に使う技をコマンド入力なんてバカらし過ぎる。

 その為ボイスコマンドが使われたが、言い間違いや技名を忘れた場合の問題が発生した。


 それを解決したのが『生体フィードバック』だ。


 生体フィードバックとは、早い話が筋肉を動かすのと同じ感覚で技を出せるようになるシステムだ。


 例えば腕を上げるのを想像するのと、実際腕を動かそうとするのは違う。


 考えた通りに技を出す。

 というシステムでは、余計な雑念や技が頭をよぎるたびに発動してしまうが、生体フィードバックならその問題はない。


 新しい技を覚えると、目に見えない体の器官が増えた感じがして、手足を動かすようにして、それを使おうとすると技が出る。


 仮想世界ができた二〇七〇年よりも前に、桐生明純という人が開発した生体フィードバック。


 これは本来、パワードスーツに乗った兵士がスーツを着たままスーツのシステム設定を操作する為に作られたらしい。


 兵器技術が未来でも玩具であるゲームに利用。素晴らしいですなぁ。


 というか、テレビゲームそのものが戦争の弾道計算装置を使いテニスゲームを作ったのが最初らしい。


 人殺しの技術が娯楽の為の技術へ変わるというのは、一人のゲーマーとしてなかなか灌漑深いものがある。


『トウリ様、三〇分が経ちました』


 脳内に響くSAIの声。


 ちょうど火吹き鳥、ヴォルケーノバードを倒した終わった俺は、空中に指先でまるを書いた。これがウィンドウを開くサインモーションだ。


 技術的にはウィンドウを開いたり、むしろ開かなくてもアイテムの出し入れとかも全て生体フィードバックでやれなくはない。


 でも数が多くなりすぎると流石に混乱する為、生体フィードバックによる操作は戦闘技に限られている。


 例えるなら腕を一〇〇本も二〇〇本も与えられたら、どれがどの腕だか解らなくなる感じらしい。


 俺はログアウトボタンを押して、仮想世界に分かれを告げた。

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