第46話 ネズミ狩り
雫結は叫んだ。
「あなたが社会を怨んだのはその程度の理由なんですかって言ってるんです!」
傷の男を中心に、周囲の男達がイラ立ち、一斉に雫結を睨みつける。
それでも、雫結は怯えることなく続ける。
「あなたは貧しくて高校へ進学できなかったと言いますが、サーヴァントアカデミーに何故入学しなかったんですか?」
「サーヴァントアカデミー? あのなあ、いくら学費がタダでも金持ち達の犬になんか誰がなるか!」
「お金持ちが嫌いだからですか!? 世間が憎いからですか!?」
「ああそうだよ! それの何が悪い!? こんな腐った世の中で金持ち共に搾取されると分かっていてせこせこ働いてられっかよ! だからこうやって俺は――」
銃を持った男の言葉を雫結が遮る。
「じゃああなたは鷹徒くんには勝てません!」
「鷹徒? 誰だそりゃ?」
「あなたよりも不幸な、執事志望の男の子ですよ」
「なに……?」
「鷹徒くんは必ず助けに来てくれます。そしてあなた達は鷹徒くんに負けます」
断言する雫結の顔を見ながら、傷の男は鼻を鳴らした。
「強がりはやめろ、鷹徒ってのはどうせクラスメイトか何かだろ? この場所がそう簡単に見つかるわけがねえし、仮に見つかったとしてガキ一人に何ができる? その鷹徒って奴がどれだけ強いかは知らねえが、残念だったな、こっちは今日の為に銀行襲って手に入れた金でプロを雇ったからな、軍隊でもつれてこねえと俺らは倒せねえよ」
それでも、雫結の自信は揺るがなかった。
「鷹徒くんは勝ちます、あなたみたいに、その程度の不幸に負ける弱い人に、鷹徒くんは絶対の絶対に負けません!」
途端に傷の男は目を剥いて怒りを顕に怒鳴った。
「その程度!? てめえに俺がどれだけ惨めな思いをしてきたか理解できるのかよ!?」
雫結の目から際限なく涙が流れて床を濡らす。
しかし、それは恐怖からくるものなどでは無い。
「あなたは……生まれてすぐ路地裏のゴミ箱に捨てられた事がありますか?」
「は?」
雫結が喉を爆発させる。
「あなたは友達だった野良猫を目の前で潰された事がありますか!? あなたは道路に突き飛ばされて車に撥(は)ねられた事がありますか!? 遊ぼうと誘われて待ち合わせ場所に行ったら金属バッドで襲われて袋叩きにされた事がありますか!? 階段から突き落とされたりご飯の中に縫い針を入れられた事がありますか!? あなたは! あなたは!」
「てめえ」
「学校の地下室に閉じ込められて五日間放置された事があるんですか!?」
激情したキズの男は雫結の首を締め上げる。
「そんな奴いるわけねえだろ、もしいたとして何か? それがその鷹徒って奴だとでも言いてえのか!?」
絡み付く指が雫結の首により深く食い込んだところで、誰かの携帯電話が鳴った。
傷の男は憎らしげに雫結から手を離すとポケットから携帯電話を取り出した。
画面に表示されている名前が仲間の物である事を確認して、男は電話に出る。
「おう俺だ、どうかしたか?」
『ハロー、ボスネズミさん』
聞き覚えの無い、冷たい声に傷の男は驚いて問い直す。
「てめえ誰だ!? 俺の部下はどうした!?」
『残念ながら、子ネズミはみーんな食べさせて貰ったわ、あたしはもうお腹いっぱいなの、だから一番大きなネズミは体の大きなタカにあげるの』
「てめえ、一体何を言って――」
向こう側の携帯電話が壊れる音と共に通話は切れた。
「くそ! 一体どうなってやがる!」
傷の男が携帯電話を閉じると、部屋の外で仲間の声がして、だがそれはすぐに止まった。
全員が扉に注目した瞬間、扉が弾け飛んで扉の近くにいた男達が巻き込まれて気を失った。
雫結以外の全ての人間が息を呑んだ。
廊下からは、燕尾服を着た茶髪の青年がゆっくりと歩みを進める。
両手には男の頭が一つずつ握られ、大人二人分の体を引きずっている。
ソレを無造作に投げ飛ばし、鷹徒は鋭い眼光で男達を睨み回してから、
「もう、おとなしく返しても許さねえ」
低い、唸り声のような宣告に男達の息が一瞬止まった。
今の鷹徒はそれほどの殺気を持っていた。
だが、さすがにリーダー格である傷の男は、いの一番に戦意を取り戻し叫ぶ。
「てめえ何者(なにもん)だ!」
「執事だッ!!」
鷹徒の咆哮に男達の時間が止まった。
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