第45話 メイドの叫び

「そんなに聞きたいなら教えてやるよ、俺の要求はただ一つ、貧しい者達の救済だ」

「救済ですって?」

「そうだ、今後、白鳥家にはその財力を貧しい庶民の為に使ってもらう。

 ホームレスへの食料や援助金、住居の用意をさせ、無職の連中を安定した給料で雇わせる!

 そうした俺達の要求を一つ呑むごとにこのガキと電話で喋らせてやるのさ、これであの白鳥財閥は一生俺達の言いなりってわけだ、どうだ、世を救う素晴らしい計画だろう?」


「一生って、要求を呑んだらお嬢様を開放するんじゃないの!?」


 鶫の問いに、傷の男はますます自分に酔いしれる。


「おいおい、何でも願いが叶う魔法のステッキを自分で手放すバカがどこにいるっつうんだよ? そうだな、白鳥財閥の資産がゼロになったら考えてやってもいいぜ、でも白鳥家の資産を使い切るには長い時間がかかりそうだな……なあ、金持ちのお嬢様よう」


 銃をチラつかせながら再び美羽の元へ行き、傷の男は下卑た笑いを浮かべる。

 あまりの恐怖に美羽は震えるばかりで何も答えられなかった。


「あんたねえ、何か恨みでもあるの?」


 怒りの形相を取る鶫の言葉に、傷の男は両手を広げて答える。


「そうだ! これはテメーら金持ちへの復讐だ!」

「復讐?」


 さっきのように聞き返され、傷の男は続ける。


「ああ、ここにいるのはみーんな貧しい家の出だ、俺たちゃなーんにも悪い事してねーのによ、貧しい家に生まれたってだけで不幸のレールから脱け出せねえ、ガキの頃からボロい腐りかけたようなアパートに住んで、ボロい服着て、一日三食おかずも無いようなみすぼらしいメシ食ってよう」


 語りながら、傷の男は部屋の中央をブラブラと歩き始めた。


「そんな生活だ、欲しいゲームやオモチャなんて買ってもらえなかった。

 いっつもマトモな家に生まれた連中眺めてよ、なんで自分は貧しい家に生まれたんだろうって、そんな事ばかり考えてた……高校に行く金なんか無いから中卒なんつう最低の学歴だ、そんな俺達を雇ってくれる会社なんてある訳ねえ……」


 立ち止まり、鶫達を振り返る。


「だが、ある日思ったね、これも全て金持ちのせいなんだって……いつの時代だってそうだ、一部の権力者達が不必要に自分の金を増やそうと俺ら貧乏人をこき使って、自分らはたらふく稼いでおいて庶民には砂粒みたいな金しかよこさねえ、金持ち達のために必死こいて働いてやっても、庶民が貧しい思いをしている一方で、ただイスに踏ん反り返っているだけのバカ共が贅沢してやがる」


 傷の男の声には徐々に熱が入り、卑しい笑みは憎悪に染められた。


「そして何よりも、金持ち共が俺らを見る時の目だよ目、庶民達のおかげで暮らせるくせに、俺らをゴミや虫けらでも見るような目で見やがって。

 金を持っていないだけで自分達とは違う、社会のゴミだってな、そう目が言っているんだよ!

 だから俺も奪う側に回ったのさ、それも貧乏人達からじゃねえ、金持ち達から奪う側になあ!

 こうやって、世の中の為に! 俺達は白鳥財閥から財産を巻き上げ貧乏人達を救ってやるのさ!」


 口角に泡を飛ばしながら叫び倒した男の姿に、世間を知らなかった美羽は何も答えなかった。


 鶫は男の狂気ぶりに怒りつつ、白鳥財閥に仕える家に生まれ、今まで何不自由無く暮らしてきた自分の人生を振り返り、すぐには反論できなかった。

 なのに、そんな中で、ただ一人強い気に溢れる者がいた。


「待ってください……」


 そう言ったのは、驚いた事に雫結だった。

 体は震えておらず、顔からも完全に恐怖の色を失っている。

 涙に潤ませた瞳で、だが確かな意思の込もった眼差しを以って雫結は傷の男を見据えている。


「あなたが犯罪の道へ行ったのは……そんな理由なんですか?」

「なんだと?」


 雫結は叫んだ。

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