第34話 お嬢様の抱えるもの



 しばらくすると、美羽は鷹徒に背を向けて窓の外を眺めていたが、鷹徒の位置からでも窓ガラスに映った美羽の表情が暗い事に気付いた。


 そこで思い出されるのは当然、下校時に聞いた生徒達の罵倒だった。


 何よりも、他の生徒は皆グループになって帰るのに対して、美羽はたった一人で玄関から出てきたのが気になった。


「なあ、お前って友達いんのか?」


 鷹徒の問いに、美羽は窓を向いたまま、


「いないわよ、そんなのいらないし」


 と、怠慢な声を返した。


「なんだ、お前もしかしてイジメられてんのか? だったらそんな連中一発ブン殴っとけよ」

「相変らず短絡的ね、この白鳥財閥の四女、白鳥美羽様があんな下等な連中のやる事にいちいち目くじら立ててどうするのよ、そんな事も分からないんじゃ、アンタ一生下級執事のままね」

「下級? じゃあ俺執事にはなれるんだな?」

「バッカ! そういう意味じゃないわよ!」


 バッと窓から鷹徒に向き直り、美羽は顔を真っ赤にして叫ぶが見た目が見た目なので少しも迫力がない。


 怒りの言葉と同時に拳も飛んできたが、顔面で受けても全然痛くはなかった。


 擬態で現すなら、ポコンとでも表現するような威力だった。


「へっへーんだ、お前のへなへなパンチなんて効かな……ッ……」


 美羽の人差指が首の根元中央に突き刺さり、鷹徒はうずくまって震えた。


「はっはっはー、アタシをバカにするからよ!」

「このクソガキ、人が同情してやったら調子に乗りやがって!」

「何よ、アタシに文句あるの!」

「大アリだ!」

「なんですってー!」


 車の運転をしながら、そんな二人のやりとりをバックミラーで見る燕は、仲裁などする気も無く、表情を和らげた。


 だが、それから何秒もしないうちに燕の携帯電話が鳴った。


「手動操縦から自動操縦に変更、目的地白鳥邸へ」

『了解、手動操縦から自動操縦に変更、目的地白鳥邸』


 機械が反芻(はんすう)すると燕はハンドルから手を放して内ポケットから携帯電話を取り出し通話を始め、その後ろで鷹徒と美羽は小声で話す。


「なぁ、この車自動操縦モードあるならなんで燕先輩操縦してんだ?」

「燕は機械に頼るのが嫌いなのよ、お嬢様の車は私自身が運転したいなんて、カワイイでしょ?」


「意外だな、先輩なら効率性重視して機械使うと思ったぜ」

「言っておくけど燕より機械のほうが上とか禁句だからね、燕って結構自分の実力に自信持っているから」


「プロ根性って奴か」

「まあね、あとスカート履いてとかお化粧しようとかも禁句よ、アタシが命令したら笑顔でしたけど新米執事に言われたら必殺燕スマイルで気絶させちゃったんだから」


「なんだよその燕スマイルって?」

「燕が持つ最恐の笑顔よ、そのあまりの冷たさと恐怖に勝てたのはアタシ専属の護衛隊長黒羽鴉(くろばねからす)だけなんだから」


「すげーな……」

「ええ、アンタも燕を怒らせない方がいいわよ」


「お嬢様」


 会話のネタに呼ばれて二人はビクッと跳ね上がって燕を見た。


「あ、あらどうしたの燕、今の電話誰?」

「大旦那様からです」

「パパから?」

「はい、それで、急に予定が入ったから今夜のディナーは無理だと」


 その報告を聞き、美羽は一瞬表情を固めてから、すぐにいつもの調子を取り戻して息をついた。


「落胆の極み、お察しします。ですが大旦那様は多忙なお方ですので」

「別にいいわよ、いつもの事だし、どうせ明日のパーティーで会えるもの」

「いつも?」

「そうよ、パパは仕事が忙しくてあんまり会えないのよ、まっ、アンタに言っても分からないでしょうけど」

「ハハ、確かに親父のいない俺じゃわからねえや」

「あら、離婚でもしたの? もしかして母子家庭だった?」


 その問いに、鷹徒は鶫に言う時と同じ、特別な感情は無く、


「いや、俺生まれたその日のうちに路地裏のゴミ箱に捨てられたから、親父もお袋もいねえんだよ」


 さすがの美羽も驚いた顔になってから目を伏せる、燕も僅かに表情を曇らせた。


「えと……そうだったの、ごめんなさい、アンタ親が、わ、悪いこと聞いたわね……」

「別に気にしてねえよ、親なんかいなくても人間生きていけるしな」

「あ、あらそう? まあアタシはアンタの家庭事情なんて知らないわけだし、別にアタシは悪くないわよね、うん、そうよアタシは悪くないわ……」

「そうそう、てめえに落ち込まれた俺が悪者みたいじゃねえかよ」

「アタシが落ち込む? バカにしないで、このアタシがそんな弱いわけないでしょ」


 美羽は無理に笑顔を取り繕い、鷹徒もいつもどおりの口調で、


「それもそうだな」


 と軽く返す。

 そのやりとりを聞きながら、燕はひたすら沈黙を守った。

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