第33話 駄犬ならぬ駄鳥ダチョウね
その答えに、燕はしばらくは返さず、窓越しに小学校の玄関を見てからようやく口を開いた。
「美羽お嬢様の専属使用人である私にそのような事を話してもいいのですか?」
「別にいいっすよ、だって燕先輩は鶫の姉ちゃん、自分の妹が不利になるような事をわざわざあのガキに告げ口しないはずですから」
「…………」
「そういえば、こうやって私立の学校にいれたんなら護衛とかつけてるんすか?」
「ええ、私よりも隠密、護衛に長けた者が常に五人、お嬢様を影からお守りして……お嬢様が参ったようですね」
「赤絨毯敷くんすか?」
「最初はやっていましたがお嬢様の学内での立場が悪くなりますのでやめました」
「へえ」
(やってたのかよ……)
二人は車から降りて、学校の敷地へ入っていく。
そこで、玄関から歩いてくる美羽を見て、鷹徒は愕然とした。
そこに、普段の美羽はいなかった。
目を伏せ、完全に覇気を失った弱々しい少女が重い足取りでトボトボとこちらに向かっているだけだ。
「お迎えにあがりました」
燕と目が合うと美羽はすぐに鷹徒に気付いて、辛そうな顔を一瞬で怒りに変えた。
「燕、なんでこの駄犬がいるのよ」
「彼は運転手兼用の執事志望ですので経験を積ませようかと思いまして」
「そういうことだよ、好きでついてきたわけじゃねえ」
「こっちだって頼んでないわ、ほら、さっさと帰るわよ」
燕と鷹徒を引き連れ、美羽は早足に車へと向かう。
その時に、鷹徒は周囲の生徒達の声に気付く。
「うっわ白鳥だ」
「執事に車で送り迎えかよ」
「金持ち様は違うねぇ」
「なんであいつこの学校にいるんだよ」
「どうせ俺達の事見下して楽しんでんだろ」
「それしかないだろ」
それ以外の言葉も五十歩百歩の内容で、美羽を庇う者など一人もいない。
誰もが美羽を差別し、罵っていた。
鷹徒は咄嗟に文句の一つも言ってやろうとして、踏み止まった。
今、鷹徒は燕尾服を着ている。
サーヴァントアカデミーの生徒で試験として一時的に白鳥家に仕えているだけだとは知らない小学生達からすれば鷹徒は白鳥家に正式に仕える執事に見える事だろう。
(俺が何か言っても、あのガキの立場が悪くなるだけか……)
美羽が嫌いな鷹徒ではあるが、あえてそんな事をするほど低俗な頭は持っていない、鷹徒は彼らしくもなく、また耐え、燕と美羽を追い越すと車のドアを開けて美羽を迎え入れた。
「足元に気をつけろよ」
「……うるさいわね」
燕が運転席に座り、最後に鷹徒が後部座席の美羽の隣に座り、車は発進した。
「さっきのは燕の指示?」
「ドア開けたのか? いや、アカデミーで習ったんだよ、車のドアを開けるタイミングやら開けるスピードやら足元に気を付けるよう言うだとかな」
「そう……それと、この車の防弾性は完璧だけど、もしもアタシの命目当ての連中が銃撃しかけてきたらアンタは私の盾になって死ぬのよ」
サラッと物凄い事を口走る美羽に鷹徒が吼える。
「お前俺がアカデミーの学生ってこと忘れてるだろ!」
「バカねえ、一時的でも試験だろうとアタシはアンタの主人なんだからそれぐらいやんなさいよね、だからアンタは駄犬なのよ、それとも名前が鷹徒(たかと)だから駄鳥(だちょう)のほうが良かったかしら? アンタには飛べない鳥のほうがお似合いだしね」
「お前はまたそういうことを……」
憎らしげに鷹徒が言うとすかさず燕が、
「安心してください狩羽君、ダチョウは地球上最大にして最高速度で走る鳥類、鶏よりも遥かに安い餌で育つにも関わらずその肉は牛肉のような味で産む卵の体積は鶏の二〇倍、そしてその卵の細胞を使ってインフルエンザウィルスのワクチンを作れ、皮はバッグに使用されるという大変優れた鳥でございます。
はっきりと申し上げますと、タカよりも遥かに人間の役に立つ存在です」
「いやそういう問題じゃねえし!」
その様子を美羽が愉快に笑いながら見ていると、鷹徒は舌打ちをして車のシートに乱暴に座り直して背もたれに体重を預ける。
「それで先輩、さっき言った銃撃とかって本当にあるんすか?」
「ええ、やはりこんな世の中ですし、富裕層と貧窮層が極端に増えているのは狩羽君も知っていますね」
「アカデミーで習いましたよ」
「それなら結構、そしてその増えた貧窮層の多くは富裕層の使用人になるのですが、やはり中には犯罪に手を染める下賎な輩も多く、身代金目当てに襲撃をかけてくる者やたんなる逆恨みで富裕層を狙うテロリスト、それ以外にも白鳥財閥は日本でも有数の富豪ですから、勢力争いの関係で命を狙う者も少なくないのですよ」
(こいつ、こんなガキなのに、家が金持ちってだけで命狙われるのかよ……)
「もっとも、お嬢様には優秀な護衛がいますから、来ても大抵は返り討ちにして警察に引き渡しています」
「ホント、あいつら白鳥家の力をナメてるんじゃないの?」
「そ、そうなのか……」
(やっぱりハンパねえな……)
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