第32話 お嬢様の通う小学校が意外と庶民的
その日の昼も終わる頃、燕と鷹徒を乗せた要人護衛のための装甲車はとある小学校の前で停車した。
そこで、鷹徒は小学校と中から出てくる下校中の生徒を見て違和感を感じた。
校舎は立派で、鷹徒が通っていた校舎とは段違いである。
生徒達は皆、小学校であるにも関わらずブレザーのような制服を着ている。
だが、高級な要素はあるものの、財閥のイメージと比べれば、かなり見劣りするのが現実だ。
「なんか、想像と違うっすね」
「それは、どの辺りを見て思った事ですか?」
「いや、確かにいいとこの坊ちゃん譲ちゃんが通ってるんだろうけど、でも財閥のお嬢様が通うならもっと豪華な場所想像してたんで、それに、どのガキ見ても車で送り迎えされている奴いないし、ガキ達もなんか雰囲気そこら辺のガキと大して変わらないじゃないすか、俺のイメージだと白鳥財閥の譲ちゃんが通うんだからまた、バカでかい門とか地平線が見えたり生徒は全員車で送り迎えとか、まあそんなんを」
「そうですね、確かにこの学校は私立の名門校で、通うのは富裕層が中心となっていますが、白鳥財閥の令嬢が通うにはかなりレベルが落ちる場所です」
自分の見立てが正しかった事に少し驚いて鷹徒は質問を重ねる。
「なんでわざわざそんなとこに通ってるんすか?」
「当主である白鳥高爪様の教育方針です。庶民の生活もある程度知らなければ人々の上に立つ者にはなれないと、ですが、さすがに公立の小学校に行かせるのは危険ですし、護衛の者を配置するのに摩擦があったので、柔軟性があり最低限度の教育レベルを持ったこの小学校が選ばれたのです」
「なんか漫画やドラマにありがちな設定ですね、そういえば燕先輩は専属なのに学校にはついて行かないんすか?」
「ええ、最初はお側にいさせてもらいましたが、周囲は財閥には程遠い家庭の方々、使用人が同伴するとお嬢様の学内での立場が悪くなるのです」
「……あいつ、イジメられてんすか?」
「心配ですか?」
運転席からの意味深な問いに、鷹徒はバックミラー越しに向けられる視線から慌てて目を外した。
「べ、別にそんなんじゃ、先輩には悪いですけど、俺あいつ嫌いですから」
「裕福だからですか?」
「そんなつもりは……ゼロじゃないすけど、それ以前にあいつ酷いじゃないですか、いつもいつも不必要に俺達苦しめてそれ見て楽しんで、先週だってさんざん雫結の事バカにしやがって、ほんと何様のつもりだっつんだよ! 俺、例えあいつが貧乏人でも嫌いになったと思いますよ」
「でもゼロではないと……」
視線をはずしたまま、鷹徒は窓の外を眺める。
「そうっすね、でも俺のはただの嫉妬じゃありませんよ……俺には、他の奴みたいに贅沢したいなんていう欲求が無いんすよ、だから金持ちの暮らしが羨ましいとか、憎たらしいとかは全然」
「ではどのような?」
「人間性……世の中には本気で苦しんでる奴がごまんといる。
何も悪い事してねーのに、一生懸命頑張ってるのに、理由も無く人生のどん底に落とされて一生這い上がる事が許されない。
なのに、成り上がった奴は別にしても、生まれた時からの金持ちはなんの努力も犠牲も払わずに、ただ生まれた家が金持ってたっていうだけで、生まれてから死ぬまでなんの苦労もしないで俺ら庶民の犠牲の上にあぐらかいてふんぞり返りやがる。
ガキの頃から、白鳥家ほどじゃないにしても家が金持ちのエリート様とは何度か対立してきたけど、みんな同じでしたよ、どいつもこいつも自分じゃ何もできないクセに自分が世界で一番偉くて正しくて、周りの人間が自分に従うのが当たり前だと思い込んで、その事になんの疑いもしやしねえで、人が嫌がる事を笑ってやりやがる」
「中には庶民的で人徳に溢れた方もいますが」
「それがどうしたって言うんすか? 確かに今言った連中よかマシっすけど、結局はそいつらは金持ちの世界で生きてるんだ。
普段平和に生活している分にはいいかもしれねえが、どんなに普段庶民ぶったって、日本がどんな食料難になってもそいつらの分の食料は確保されてるし、自然災害が起こっても誰よりも優先的に身の安全を保障してもらえる。
庶民派なんて全部金持ちや権力達のイメージ戦略、いざとなったら自分の身が一番可愛い連中っすよ」
その答えに、燕はしばらくは返さず、窓越しに小学校の玄関を見てからようやく口を開いた。
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