第29話 ロースペックメイド


「ったく、酷い目にあったぜ」

「そうだね」


 その日の夜、女子寮の雫結の部屋にて、相変らず治癒の早い鷹徒は早くも腫れのひいた顔から湿布をはがすと、雫結に腕の包帯を替えてもらっていた。

 だが……


「雫結、キツ過ぎる……」

「あうぅ!」


 やり直して、


「今度はユルいぞ……」

「はうぁ!」


 またやり直して、


「巻く場所ズレてるし……」

「ふえっ!?」


 四度目のトライで、


「まあ、今度はマトモだな……」

「不器用でごめんね……」


 ランニングシャツ一枚しか着ていない鷹徒の筋肉質な腕を掴んだまま、雫結は顔の毛細血管が広がるのを感じた。

 この人の側にいたい、ずっといたい、その方法を考えれば、答えは一つしかない。


(鷹徒くんと一緒に卒業して、同じところに就職して、結婚して、鷹徒くんの子供を産んで、温かい家庭が作れたらいいのに……)


 雫結は頭の中で自分のスペックを確認する。

 背が高すぎる大女。

 年寄りみたいな髪。

 血のように赤い目(恐い)。

 根暗。

 手足は細いのに胸だけ大きい不恰好な体。

 そしてなんの取り得も無い。

 絶望的なスペックに雫結は肩を落とす。


(うぅ……これじゃ鷹徒くんの子供どころか結婚してもらえないよぅ…………子供?)


 雫結の考えがそこまで行き着いて、気付いた。

 鷹徒の子供を生むという事はつまり、鷹徒と……


(はうわぁううううっ!!!!)


 脳内でガス爆発が起きて、雫結は湧き上がる妄想にモザイクと音声処理を施した。


 それでも火山のように次々と噴出される妄想を処理しきれず、雫結の頭がR指定で埋め尽くされる。


(あうぅはうぅ、でも、でも……子供産むには、じゃなくて今は消えてぇえええ!!)


 本人の意思に反して脳味噌がフル回転、雫結の想像力の限界を超えた妄想はすでに⑱禁でも発売禁止になるレベルであり、心臓が暴れ回る。


(ちち、違うもん、こんなことまでしなくても子供はでき――)


「おい、包帯巻き終わったのにいつまで腕握ってるんだ?」


 視線を上げて、妄想の対象となっていた鷹徒と目が合った。


「!!?~~~!!!?」


 もはや活字にするのが不可能な妄想が頭を占拠し、雫結は飛び上がった。


「ば、晩御飯食べよ! わたしカレーよそってくるね!」


 バタバタと走りキッチンに避難した。

 数分後、二人分のご飯にカレールーをよそい、雫結はお盆に載せて運んできた。

 雫結の手作りカレーを前にして、鷹徒は思わず声を漏らした。


「おお! さすがは雫結だ、今回もまた……」


 スプーンですくって、


「すげえサラサラだな……」

「はうぅ……ちゃんと軽量カップで量(はか)ったのになんでぇ……」


 ただでさえ愁(うれ)いを含んだ目をよりいっそう潤ませ、雫結はお盆で鼻から下を隠した。


「気にすんなよ、大事なのは俺のために作ってくれたって事なんだから」


 言うと手を合わせてから美味しそうにカレーを食べる鷹徒の姿を見て、雫結は幸せな気持ちになった。


(なんか、新婚生活してるみたいでいいな……)


 そんな事を考えながら、雫結から話を切り出す。


「ねえ鷹徒くん、今日は、わたしのためにがんばってくれてありがとう」

「んっ? だから気にするなって、俺とお前の仲だろ?」


 カレーを食べ続ける鷹徒を見ながら、雫結は続ける。


「うん、だけど鷹徒くんには、昔から本当に迷惑ばかりかけてたよね……」

「例えば?」


 聞かれて、雫結の頬が火照る。


「イジメられた時とか、いつも助けてくれた……」

「そういやそれで俺ケンカ三昧だったんだよな、おかげで強くなれたぞ」


「……わたしがケガしたら、家までおんぶしてくれた……高いところから降りられなくなったら迎えにきてくれた……迷子になったら必ず探しに来てくれて、一緒に迷子になった時は『大丈夫だ、俺に任せろ』って励ましてくれて、いつも本当になんとかしてくれた」


「あと俺は雫結と一緒に勉強してたのよく覚えてるな」

「うん、わたしの勉強とか、縦笛の練習にいつも付き合ってくれた、なのにわたしはいつも最低の結果しか出せなかった……」

「お前は頑張りすぎるんだよ、一週間徹夜して試験中に爆睡とかありえねえだろ」


「反省してる……でも、鷹徒くんは気にしてなくっても、わたしは、すごく気にしてるんだよ、わたしが他の生徒とか、街中で男の人とかに絡まれた時なんて、それで鷹徒くんいっぱいケガして……わたしが、こんな変な姿に生まれてきたから……」


 変な姿という言葉を聞いて、鷹徒は雫結のスペックを確認してみる。

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