第27話 執事の覚悟

 ゆらりと立ち上がり、鷹徒の目が鋭さを増した。


「なっ、なによアンタ、アンタには関係ないでしょ、アタシはそこのバカチチ娘に言ってんのよ!」


 鷹徒の迫力に気圧されながら、美羽は必死に威厳を保とうとするが、声には明らかに力が無かった。


「雫結は犬探したしこうやって謝ってんじゃねえか……それなのに、さんざん雫結の事バカにしやがって……」


 美羽は鷹徒の肩を掴み抑えようとする雫結を見て、


「はっはーん、わかったわ、アンタその下品な胸でこの駄犬をたらしこんだんでしょ、どうりでこの駄犬がアンタなんかのために必死こくはずだわ、やっぱ胸が下品ならやる事も下品ね、悪いけどそんな淫乱女はアタシの視界から――」


 鷹徒の指が音を鳴らし、美羽は喉を止めた。

 燕が庇うようにして進み出て、鷹徒と美羽の間に半身を差し込む。

 鷹徒と真っ向から視線をぶつけ合い、燕はやや語気を強める。


「殺気を収めなさい狩羽(かりう)鷹徒(たかと)、友人を侮辱され怒る気持ちは分かります。

 ですがここでお嬢様に手を出しても沖之さんの退学が撤回されるわけではありません、それどころか貴方も退学させられますし白鳥家のご令嬢を殴り飛ばしてこの日本国でまともに暮らせるとお思いですか」


 鷹徒は拳を震わせて歯を食い縛る。


「後先考えずその場の安い感情に流されれば、大切モノを全て失う事になるのですよ」

「!!」


 鷹徒の頭が一瞬フリーズし、直後に言いようの無い精神的な気持ち悪さに襲われた。


「そうだよ鷹徒くん、わたしなんかのために鷹徒くんまで退学になっちゃ駄目だよ……」


 目を潤ませて訴える雫結の言葉が冷却材となり、鷹徒の殺気が雲散霧消する。

 鷹徒の目は、雫結を遥かに越える量の涙で溢れ、敷石を濡らす。

 手足を震わせて鷹徒は膝を屈すると敷石に再び両手を付けて声を絞り出した。


「……生意気言って……すいませんでした、どうか……許してください……」


 掠れた涙声で頼み込む鷹徒の横で、雫結もすぐさま土下座をして美羽に平伏した。

 その姿に、だが美羽は満足した様子は無く、冷めた顔で尋ねる。


「駄犬……アンタ、そのメス牛のために頭下げてんの?」

「ああ」

「……アンタ達付き合ってるわけじゃないんでしょ? なのになんでそこまでするのよ?」

「決まってんだろ」


 美羽達が鷹徒の言葉に集中する。


「雫結が、俺の大切な幼馴染だからだ」


 美羽、雫結、燕の目が見開かれ、だが美羽だけはすぐにいつもの顔を取り繕い、燕を横へ押しのける。


「まったく、最初からそうしていればいいのよ、まっ、アンタは許してやるから、来週からはしっかり――」

「いや」


 と言って鷹徒は立ち上がった。

「雫結、俺夏休みの補習受ける」

「えっ?」


 雫結が顔を上げると、鷹徒は歯を食い縛った。


「さっきの事は謝るし我慢もする、だけどな……」


 鷹徒の目に殺気が蘇り吼えた。


「俺はもう二度とこの屋敷には――!!」

「狩羽!!」

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