第24話 不良執事の優しさ
「うぅ、やっぱりこんなのいらないよー」
隣では、
「……なあ雫結、俺ってガキの目線だとそんなに恐いのか?」
落ち込む鷹徒を見て、役に立つチャンスだと口を開いた。
「だ、大丈夫だよ、鷹徒くんはちょっと背が高くて肩幅広くて顔にちょっと傷跡があって、あとちょっと時々目付きが犯罪的だけど子供以外の人が見ればそんなには恐くないよ」
「フォローのレベルが微妙だなおい……でも、よかったじゃねえか」
ほとんど励ませなかった事に気を落とす雫結の顔が上がる。
「お前さ、その髪と目、俺ら以外に誉められたの初めてじゃね?」
鷹徒の言葉で、二十四時間潤みっぱなしの目が水量を増して、雫結は嬉し涙を流して頷いた。
「うん」
だが、鷹徒に笑い返された瞬間に気付いた。
(あう、わたしまた鷹徒くんに励まされちゃったよぅ……)
「おっ、あれも確かあのガキの犬だよな」
走る鷹徒には気付かず。
(何か鷹徒くんの役に立てることないかな……でもわたし何も特技ないし……)
その時、雫結は道路にいる鷹徒に目掛けて走るバイクを見た。
「鷹徒くん!」
「おわっと!」
ドーベルマンを抱えて闘牛士顔負けの身のこなしでバイクをかわして、鷹徒はすぐに戻ってきた。
「あっぶねーな……でも、こいつ助けたぜ」
リードがついたままのドーベルマンを下ろして頭を撫でてやった。
「ったく、もうちょっとでお前轢(ひ)き殺されるとこだったんだぞ」
言いながら鷹徒がドーベルマンと額を合わせると、ドーベルマンも嬉しそうに目をつぶり、鷹徒に擦り寄った。
「鷹徒くん、やっぱり凄いなあ……あれ、鷹徒くん、腕から血出てるよ」
見れば、燕尾服の右袖の上部が破れ、そこから顔を覗かせる腕の皮膚が切れて、血が流れ出している。
「ほんとだ、上手くかわしたつもりだったんだけど、ちょっとひっかけちまったか」
「手当てしたいから、一度お屋敷に戻ろ」
「別にいいよ、それに後二匹なんだからこの調子でさっさと――」
「いいから! ……それにこの子達を一度屋敷に戻してからの方が動きやすいし……」
傷口を見てから、上目遣いに見つめてくる雫結の姿に負けて、鷹徒は頷いた。
「しょうがねえな、じゃあさっさと戻ろうぜ」
「うん」
鷹徒の手当てができる事に喜び、雫結は可愛く笑った。
◆
「じゃ、わたしは救急箱もらってくるからここで待っててね」
使用人たちの詰め所のような建物へ走る雫結の背中を見ながら鷹徒は赤く染まり始めた空を見上げる。
「まったく、俺の心配より自分の心配しろよな」
「あら、戻ってたのね狩羽」
振り向くと箒を持った鶫が歩いてくる。
「それで、犬はちゃんと見つかったの?」
「だいたいはな、残りはあと二匹だ」
「順調みたいだけど、残りの数が少なくなるほど見つかるのには時間がかかるわよ、本当に大丈夫なの?」
「そうだな、今までの調子でいけば見つかるとは思うけど、確かに残り二匹ってのはなー」
「時間が経てば経つほど遠くへ行っている可能性も高くなるんだからね」
眉根を寄せる鶫に心配されて、鷹徒は苦笑いを浮かべて誤魔化す。
「まあまあ、もしも見つからなかったら土下座でもなんでもして期日を延ばしてもらうよ」
「土下座って、貴方お嬢様に頭下げられるの?」
鷹徒の発言に驚いて問い質すと、鷹徒は想像以上にあっさりと言葉を返した。
「ああ、確かに見つけられなかったら退学とかやり過ぎだと思うし、雫結一人にあんな数の犬を押し付けたのはあのクソガキだ、そんな奴に頭下げるなんてまっぴらだよ、だけど、雫結を助けるにはそれしかねえだろ?」
「…………………貴方、沖之さんの事が好きなの?」
思案をめぐらせた結果がそれだった。
「おう、あいつは大切なダチだからな、俺は幼馴染見捨てるほど薄情じゃねえよ」
(こいつどういうニブさしてんのよ……)
「そうじゃなくて、女の子としてどうかって聞いているの、あの子とは恋人関係じゃないらしいけど、ただ友達っていうだけで貴方がそこまでする義理があるの?
第三者の立場で言わせてもらうけど、貴方と沖之さんの関係は友達の域を越えているわ、大空君や朝方さんが混じっている時もあるけど、入学した時から貴方と沖之さんを一人で見たことが無いわ、普段からどれだけ一緒にいるの?
人から聞いた話と班を組んでから見た貴方の仕事ぶりだけど、休み時間や授業内活動が一緒なら放課後に宿題や勉強するのも一緒、毎週部屋を掃除してもらうだけじゃなくてご飯まで作ってもらっちゃって、ここでの仕事中も随分沖之さんのサポートが多いように感じるわ、だから……その、本当に心の底からっていうか、友情じゃなくてもっと深い、そう、貴方からは愛を感じるのよ」
クラスメイトの大半が賛同するであろうもっともな主張だった。
すると鷹徒はアゴに手を当て、視線を上げた。
「……俺には、よくわからねえよ、今まで女が欲しいと思った事なんかねえし、雫結をそういう対象として見たこともねえ」
(……ああ……そうか…………)
「ただ、ガキの頃からずっと一緒だったし、俺の最初の友達でいつも俺と一緒にいたがってくれた唯一の存在で、あいつを助けるのなんて俺にとっちゃ日常茶飯事で習慣化してるからな」
(この人は……狩羽君は…………)
「別に好きだとか愛しているとか、そんな面倒な事いちいち考えた事もねえよ」
(そういうことなのね…………)
「んっ? どうしたんだ鶫?」
顔を覗き込んでくる鷹徒に首を振って、
「なんでもないわ」
と言って、鶫はその場を離れた。
「……………………」
遠く背後では、鷹徒が雫結の手当てを受けている。
二人から離れながら、鶫は鷹徒の存在を悲しんだ。
美羽にガラスのウサギを踏み潰された時、鷹徒はまだ自分との付き合いが浅いにも関わらず、自分の心を読み取り、わざわざウサギを直して持ってきた。
今は雫結のために、自分の成績を犠牲にして犬の捜索を続けている。
鶫の頭に、明るく笑う鷹徒の顔が浮かんだ。
「いらないなら……なんで作るのよ……」
鶫の目から一筋の涙が零れ落ちた。
「鶫、こんなところで何をしている?」
同じく箒を持った鷲男に気付くと鶫は、提案する。
「大空君……私さ……」
同じ頃、白鳥家近辺の空をスズメやカラス、ハトの大群が覆い、人々が地震の前触れかと見上げる。
その様子を、何故かビルの上から朝方雀が口元を緩めて見ていた。
「まったく……たっちゃんのためじゃ仕方ないよね」
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