第23話 アルビノ巨乳メイドさんと執事くん

 雫結は屋敷の執事に犬達を渡して、また外に出た。


 鷹徒に現在地を聞こうと携帯電話を取り出し、短縮から狩羽(かりう)鷹徒(たかと)の名を選択しようとして、指が止まった。


 沖之雫結という少女が記憶を遡(さかのぼ)れば、どんな時にも必

ず鷹徒の姿があった。


 自分と一緒にいて、鷹徒には何の益もないのにだ。


 言ってしまえば、雫結の人生は不幸そのものだった。


 生まれ持った色素の無い白い髪と肌、真紅の瞳に小学校時代は常に学年ナンバーワンだった高い身長。


 神秘的にも見えるその姿は、場合によっては人間関係において大変有利なモノとなっただろう。


 だが、内気でおとなしい性格や頭脳面、運動面における能力の低さにより、身体的特徴の全ては虐待の対象になった。


 子供特有の残虐性や利己性にさらされた雫結が今まで人間らしい感情を維持できたのは、全て鷹徒のおかげである。


 イジメられた時、ケガをした時、自分が困った時、鷹徒は必ず側にいてくれた。


 どんな時でも、必ずなんとかしてくれた。


 それでも、鷹徒が何かを要求してきた事など、ただの一度も無かった。


 自分から鷹徒の側に行っていたが、鷹徒の方から寄り添ってくれた事も同じだけあった。


 雫結の人生は鷹徒あってのモノだった。


 鷹徒がいなければ今の雫結はいないし、もしかすると人生に疲れ、自殺していたかもしれない。


 では、鷹徒が突然目の前からいなくなってしまったら自分はどうなるのか?


 そんな疑問が頭をよぎった。


 鷹徒の人生は鷹徒の物である。


 鷹徒に甘える自分……そんな自分を守ってくれる鷹徒……


 一瞬、雫結の脳裏に、鷹徒が知らない女の人と手を取って去っていく光景が浮かんだ。


 あり得る事だ。


 鷹徒も普通の人間で男の子である。

 今はまだ高校生だからいいだろう。

 幼馴染と一緒に笑っていられる。

 でも大人になって就職したら、二〇代になって、三〇を過ぎたら……


 常識で考えれば、鷹徒は誰か好きな人が出来て、その女の人と結婚して、子供を作って、家庭を築くだろう。


 その時、自分の居場所などあるわけがない。


 ずっと鷹徒の側にいたい、その資格を得るためにも鷹徒の役に立ちたい。

 

 携帯電話が鳴ったのは、そんな思いに胸が満たされた時だった。


「鷹徒くんからだ……」


 電話に出ると、すぐに鷹徒の慌てた声が聞こえる。


『大変だ雫結! 犬っころ見つけたけど俺の手には負えない、どうしても雫結の力が必要なんだ! とにかく駅前の空地に来てくれ!』


「う、うんわかった、待っててね」


 早くも自分の力が必要な展開の登場に嬉しく思いながら、自分にできて鷹徒にできない事とはなんだろうかと、雫結は頭を悩ませた。



 鷹徒に指定された駅前の空地に行ってみれば、そこでは鷹徒が数人の子供達相手に困り果てていた。


「鷹徒くぅーん」

「おっ、きたか」

「一体どうしたの?」

「ああ、実はな……」


 鷹徒がバツ悪そうに頬を掻いて、視線を子供達へと移す。

 小学校低学年ぐらいの子供達は、一匹の大型犬を守るように立ち塞がっている。


「えと、あの犬もしかして……」

「ああそうだよ、だけど……なあ、その犬返してくれないか?」


 だが子供達は歯をむき出して口々に叫んだ。


「ヤダー!」

「この子がお兄ちゃんの犬なんて嘘だ!」

「そうだ恐い顔のくせに!」

「そうだ、目付き悪いクセに!」


 今度は子供同士で顔を見合わせて、


「あの人絶対人殺してるよね」

「きっと人さらいだよ」

「悪い人にこの犬渡したらどうなるのかな?」

「バカ、殺されるに決まってるだろ」

「いいか、絶対にこの犬守るぞ」


 あまりの会話内容に雫結は呆気に取られてしまった。


「っつうわけなんだよ、なんとかしてくれよ雫結」


 鷹徒には珍しく弱々しい声で頼んでくるため、雫結はそれが少し嬉しくて、気を持ち直して子供達に話し掛けた。


「あのね、その犬だけど、お姉ちゃん達が偉い人から預かった犬なの、だから返してくれないとお姉ちゃん達困っちゃうなー」


 すると子供達は雫結に興味を示して雫結を柔らかい表情で見始める。


「お姉ちゃん髪の毛キレー」

「その目カッコいい」

「わぁ、お姉ちゃんの服カワイイ」

「これってメイド服だよね?」

「お姉ちゃんどこのメイドさん?」


「うん、お姉ちゃんはまだ正式なメイドじゃないんだけどね、白鳥っていうおウチで今は働いているんだ」


 言って、笑いかけると子供の一人が、


「お姉ちゃんあのお兄ちゃんの彼女?」

 

 今の一言で雫結の頬に赤みが差す。


「えっ、いや、お姉ちゃんはその……」


 雫結がはっきりしないと子供達はヒソヒソと内緒話を始める。


「きっとあの悪い人に命令されてるんだよ」

「そうか、きっとあのお兄ちゃんが自分の失敗をあのお姉ちゃんにおしつけてるんだ」

「自分の失敗を彼女に押し付けるなんて最低」

「きっと犬を取り返せないとあのお兄ちゃんお姉ちゃんにヒドイ事するんだろうね」

「ええ、それじゃあのお姉ちゃんかわいそう」


 みんなに聞こえる内緒話を前に鷹徒のテンションが雫結よりも下がり、普段の自分と同じ気を纏(まと)った鷹徒を雫結はなんとか励まそうとするが子供達からトドメの猛攻。


「お姉ちゃんのためにも犬返そうか」

「そうだね、このままじゃあのお姉ちゃんお兄ちゃんにイジメられちゃうもんね」

「お姉ちゃん、この犬返すよ」

「そこの悪人面! お姉ちゃんいじめるなよ!」


 もう、鷹徒に反論するだけのライフポイントなど残っておらず、犬を受け取った雫結も去りぎわに、


「じゃーねー、おっぱいお姉ちゃん」


 と言われてライフを失った。


「うぅ、やっぱりこんなのいらないよー」

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