第21話 ドッグハント

「鷹徒、少年院の中では腰を低くして生きるんだ!」

「悪いけど少し黙っててくれ」

「アンタねえ、アタシの犬の身に何かあったらどう責任取るつもり!? いいこと、アンタ達の試験時間の午後六時までに全ての犬を連れて帰らないと、アカデミーにアンタの退学処分を申請するわよ!」

「ひえっ……た、退学ですか?」


 白鳥財閥の人間からの申請、それもペットの犬を複数逃がしてしまうという責任と落ち度が雫結にある以上、アカデミーがそれを拒否するのは難しいだろう。


「で、でもわたし一人でそんな、あと三時間で八匹も……」


 雫結がうつむいてヒザをつくと、鷹徒が後ろから抱き抱えるようにして雫結を立ち上がらせる。


「安心しろって、俺も一緒に探してやるからよ」


 ニッと笑いかける鷹徒の顔を見て、雫結の目から一際大きな涙が流れた。


「うぅ……鷹徒くぅん…………」

 

 小さく「ありがとう」と言って、雫結が鷹徒の胸に顔をうずめると、美羽がニヤリと笑う。


「ふーん、まあアンタがそうしたいなら自由だけど、その代わりこれはそのウシチチ娘の仕事なんだから、アンタは馬屋の掃除をサボったって事になるわよ」

「構わねえよ、この試験の結果が悪くても夏休みに補習受ければいいだけだからな」


 それを聞いて、美羽は複雑な顔をする鶫に体を向ける。


「安心しなさい鶫、今日の事に限っては連帯責任は無しよ、マジメに仕事をした人にはちゃんとそれなりの評価をあげるわ、ただし、駄犬と同じで牛女の手伝いをしたら、その間は仕事をサボったとみなすからね、わかった?」

「え、ええ、犬の世話は沖之さんの仕事、私には私の仕事がありますから、決してお嬢様の命令に背くような事は致しません」


 僅かな揺れはあったが、鶫はそう言い切り、鷲男も続く。


「我が友雫結(たゆう)は助けたいが、主の命令なれば、某は倉庫の清掃をしましょう」

「大丈夫だよ、たゆたゆ、あたしも一緒に――」

「待って……」


 雀の声を切り、雫結は首を振る。


「みんなには迷惑かけられないから、その……雀ちゃんは自分のお仕事してて……」

「たゆたゆ……」


 雀が声を落として、美羽は手を鳴らす。


「ハイハイ、さっさと仕事しないと時間前に終わらないわよ!」


 鶫、鷲男、雀はやや重い足取りで持ち場に戻る。


「では、敷地内の犬はこちらで保護致しますので、屋敷の外に出たと思われる犬達は判明しだいメールで画像を送らせていただきます、敷地の外までは車を貸しますから、すぐに向かってください」

「「はい」」

「ではこちらへ」


 燕に言われて頷くと、鷹徒と雫結は燕に車の場所まで案内された。


 

   ◆ 



 門まで行くと二人は車を降り、慌てて敷地の外へ向かい、一緒に街を捜索した。


「おっ、あれってもしかして」


 しばらくすると、街路樹の枝にまたがる、ミニチュアダックスフントを鷹徒が見つける。


 携帯電話を開くと燕が送ってきた数枚の画像の中にミニチュアダックスフントがあった。


「鷹徒くん、あの首輪、確か全部の犬についてたよ」


 金縁で純白の首輪は、確かに全ての犬につけられていたことを鷹徒もうっすらと思い出す。


「よし、とりあえず一匹目だな」

「うん」


 パッと顔を明るくして、雫結は樹に登ろうとして、その顔はすぐにまた暗くなった。


「あれ? うんしょ、うんしょ……あれ、上がらない」


 その様子に、思わず鷹徒は顔を赤くしながら雫結のモノの威力に呆れ返った。


 今も昔も、雫結が樹に登れない理由はただ一つ、筋力が低いのもだが、なによりも彼女の胸が絶大なストッパーとなり、雫結の体の上昇を止めてしまうのだ。


 樹に立派なモノを押し付けながら必死に登ろうとする雫結もようやく気付いたようで、ポンッ、と顔を赤くして樹から離れた。


「うぅ、やっぱりコレ、邪魔だよぅ……」


 自分の胸を持ち上げながら、雫結はその胸に恨めしげな視線を浴びせる。


「ああもう持ち上げるな持ち上げるな、俺が捕まえるから雫結はここで待ってろ」


 言って、樹を掴むと鷹徒の長身はスルスルと昇り上がり、簡単に犬を捕まえて樹から飛び降りた。

 雫結の口からは、思わず感嘆の声が漏れる。


「すごーい、でもなんでこの子、樹の上にいたのかな?」

「どうせどっかのガキにイタズラされたんだろ、犬は平地の生き物で猫みたいに木登りができないから降りられなくなったんだな」

「そうなんだ、詳しいね」

「まあな、そうだ、確かこの近くに公園あったよな、行ってみようぜ」

「うん」

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