第20話 逃げ出す犬たち
「鷹徒くううううぅぅぅん………… 」
この前とは違う種類の犬の群れに引きずられながら、悲鳴を上げる雫結(たゆう)はみるみる小さくなり、そして消えた。
「たゆたゆおもしろそう」
「どこがだよ!?」
指をくわえて雫結を見送った雀に鷹徒がツッコミ、美羽はやはり笑っていた。
「あはは、さあて、それじゃあアンタ達の仕事を言うわよ、鶫と鉄面は向こうにある倉庫の掃除、駄犬とチビっ子はその向かいにある使ってない馬屋の掃除をしなさい、アタシはこれからバイオリンのレッスンがあるけど終わったら一度様子を見に来るから、サボらずにちゃーんとやるのよ」
口では全員に言っているようで目線はしっかり鷹徒を捉えて釘を刺してから、美羽は燕と共に車に乗って屋敷へと戻った。
「ったく、金持ちってのは自分の足で歩くって事を知らねえのか?」
「そう愚痴らないの、財閥の人達はみんな多忙なんだから、五分程度の徒歩でも惜しいのよ」
「けっ、そんなんだから金持ちは事業に失敗したりして貧乏になると何もできないんだよ」
「そんな事より早く一緒にお仕事しようよ、たっちゃーん」
「うむ、それが懸命だな」
鷹徒の腰元に抱きつく雀の言葉に鷲男も賛同して、四人は美羽の指差した倉庫と馬屋へと向かった。
◆
一時間後、馬屋のガンコな汚れと格闘していた鷹徒の耳に、幼い頃から毎日のように聞き慣れた声が入り、鷹徒は振り返った。
「ううぅ……鷹徒くぅ~~ん」
半べそをかきながらトボトボと歩いてくるボロボロの雫結の姿に鷹徒は大きく溜息をついてから雫結の頭を撫でた。
「まったく、もう一六なんだから泣くなよ、えーっと……よし、制服はボロボロだけどスリ傷は血も出てないし軽いな、新しい制服の申請はアカデミーに戻ってからするとして、今は擦った所に薄く傷薬を……あれ? そういや雫結、お前連れてた犬達はどうした?」
「グス……そ、それがね……えっとね…………」
「あら牛女、アンタも戻ってたのね」
背後からの声に雫結は驚き、振り返ると二歩下がった。
「お、お嬢様!?」
「何を驚かれているのですか? それと沖之さん、犬達を犬小屋に戻したいのですが……犬達が見えないようですが、どこに繫いだんですか?」
「…………ました」
「はい?」
虫のように小さな声に美羽が聞き返して、雫結は泣きながらもう一度言った。
「うぅ……すいません、みんな逃げちゃいました……」
「「はあっ!!?」」
「なんと……」
美羽と鷹徒の声が重なり、冷静な燕も驚きの声を漏らした。
そこへ、さらに絶望的な知らせをしにバケツに水を汲んできた雀が現れた。
「あ、たゆたゆ戻ってきたんだ、ねえねえ、それとさっき執事の人達が話していたんだけどね、車を入れようとしたらワンちゃん達が門くぐってお外にでちゃったんだって」
「ふえっ!?」
「それって、何匹だ!?」
鷹徒の剣幕に気圧されつつ雀が、
「八匹だって」
と答えると、今の騒ぎを聞いた鶫と鷲男も来る。
「お嬢様、またウチの者が何か」
「犬がどうとか言っていたようですが」
「おう、じ、実はよ、雫結がちょっと……」
言葉を濁す鷹徒と鶫の前に立ち、美羽が目を吊り上げて、
「この牛女がアタシの可愛い犬をみんな逃がして、しかも八匹は敷地の外に出ちゃったのよ!」
「なんですって!?」
鶫が驚いて仰け反ると、鷲男の脳内で次のような図式ができた。
美羽の犬が街の人間を襲う。↓
犬を散歩させていた雫結がその罪を問われる。↓
鷹徒が雫結をかばって自分が罪を被る。↓
鷹徒少年院送り、少年犯罪者達の派閥争いに巻き込まれる。↓
鷹徒がそのボスになる。↓
警察が鷹徒を危険視して死刑にする↓
鷹徒死亡。
「鷹徒、少年院の中では腰を低くして生きるんだ!」
「悪いけど少し黙っててくれ」
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