第19話 捨て子の主人公

 その日の夜、鶫は女子寮の自室で白い天井を眺めながら、ベッドに倒れこみ、鷹徒に思いを巡らせていた。


 過去がどうであれ、鷹徒の性格が執事に向かないのは事実である。


 不幸な過去を背負ってるからといって甘やかしていいという風にはならない。


 そもそも鷹徒は自分の人生を悲観した事は無いと、口ではそう言っていた。



 なのに、鶫はこれから先、鷹徒の行動を諌(いさ)める自信が無くなっていた。


「…………」


 チャイムの音が鳴ったのは、鶫が眼を閉じてからすぐの事だった。

 玄関へ行き、ドアを開けると、そこに立っていた長身の燕尾服姿は、見間違うはずもなく、ついさっきまで自分の中心にいた狩羽鷹徒だった。


「こんばんは」

「どうしたのこんな時間に、何か用?」

「ああ、鶫に渡したい物と言いたい事がちょっと」


 言って、鷹徒が差し出したのは、昼に自分が捨てるよう言ったガラスのウサギだった。


「これ……」

「瞬間接着剤でくっつけた、跡は残っているけど、一応形にはなってんだろ?」


 驚きで固まる喉から鶫は声を搾り出す。


「でもなんで……私、捨ててって……」

「嘘なんだろ? 捨てるつもりだったっての」


 鶫の目が見開かれる。


「だってよ、それが割れた時のお前、あのガキの質問にすぐ答えなかっただろ、それに、なんかいつもと声の雰囲気違ったし、だから、どうせお前のことだからあのガキに気い使って大した物じゃないフリしてるんじゃないかって思ったんだよ、違ったか?」


 自然と鶫の目から涙が出そうになって、鶫は耐えた。


「いいえ、これは昔、私の誕生日に姉さんがくれた、大切な物なの、戻ってきてよかったわ」

「そっか、ならよかった、それでよ、あの時は言いそびれちまったけど……こんな事言ったらまた怒るかもしれねえけど、俺が言いたかったのはさ、家族からもらった大事な物犠牲にするほど、使用人の仕事って価値あるのかって事なんだよ」

「えっ?」


「だってよ、いくら身分が違くたって、それ、姉ちゃんがくれた大事な物なんだろ? 姉ちゃんがくれた物ってのは知らなかったけど……スッゲー大事な物なんだろうなってのは分かったから、それ壊されても我慢てのはなんか……個人的に嫌だったっつうか……」


 それを聞いて、鶫は今まで感じた事の無い心地よさを感じて、自然と笑みが浮かんだ。


「あとさ、ちょっと謝っておきたい事があるんだけど」

「んっ? まだ何かあるの?」


「ああ、昨日のことだけど、鶫さ、帰りに妙に怒ってたろ? あれってやっぱ、鶫の荷物だけ持とうとしなかったからだよな?」


 思い出して、鶫の中の心地よさが消えた。


「ええそうよ、私だって一応女なんだからね、そりゃ、あれは私に与えられた仕事だし、持つって言われても断ったでしょうけど、言われて断るのと言われもしないのとじゃ全然違うのよ!」

「悪い悪い、でもあれは仕方なかったんだよ」

「仕方ない?」


「ほら、俺と雫結って幼馴染だろ? あいつ昔からすぐ転ぶし泣くし虐められるし風邪ひくし、おかげで会った時からあいつの面倒看っぱなしでよう、なんかもうあいつの面倒看るのが習慣になってるっつうか、優先しがちっていうか、雀は入学した時から俺になついていたし、あいつちっこいだろ? だから妹みたいな感覚で、それで……」


 鷹徒は気まずそうに頬を掻く。


「まあ、そんなわけだからよ、別に鶫の事どうでもいいってわけじゃねえから、それだけ覚えといてくれな」


 鶫はしばらく黙ってから溜息をつき、鷹徒をジロリと睨む。


「貴方、将来絶対に女の子泣かすわよ」

「って、何でだよ、あっ、おいっ、ちょっ……!!」


 バタン、とドアを閉めると、まだ外で何か言っている鷹徒の顔を思い浮かべながら鶫は腕を組んだ。


「やれやれ、また明日からバカの子守で忙しくなりそうね」


 溜息をついてから、鶫はガラスのウサギを眺めて頬を緩めた。

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