第18話 彼女の夢
「親に言われなかったらメイド目指してなかったのか?」
鶫の手も止まった。
「貴方、何が言いたいの?」
「いや、これは俺の考えなんだけどよ、家が代々使用人やってるからとか、親に言われてとか、それってお前の意思じゃないだろ? だいいち親の言う事って聞かなきゃなんねーもんなのか?」
「だまりなさい!」
掃除機のスイッチを切って、鶫は鷹徒を視線で射抜いた。
「あんた何様のつもり? 人間知ったような事言って、私はね、この仕事に誇りを持っているの! だいいち何? 親の言うこと聞かなきゃならないのかですって!
あんた子供のクセに親の言う事もロクに聞けないなんてクズね!
私の親は私をちゃんと育ててくれたわ、いつも私の事を心配してくれたし、まだ私が小さい時は休みを取って遊びにだって連れて行ってくれたわ、確かに親の言う事は絶対的じゃないかもしれない、世の中には親の資格が無いような親もいるわ、でもね、少なくとも私は私をここまで育ててくれた親に感謝しているし、私が自立するまでは親の言う事を聞くのは人間として持つべき最低限の道徳心なのよ!
なんて言っても、昔からケンカばっかやってるようなあんたの事だから、どうせあんたは今自分で言った通り親の言う事なんか聞かずに親を泣かせてきたんでしょうね!」
ツバを飛ばしながらまくしたて、息を荒げる鶫に、だが鷹徒は特に気にする様子も無く、
「俺、親の言う事聞かないとか一度も無かったぞ」
と返した。
「ウソ言わないで、まったく、親の言う事も聞けない奴が執事? 笑わせないでくれるかしら!」
「だって俺、孤児院育ちで親いねーし」
やはり、特別な感情を込めずに、鷹徒はそう口にした。
「!!……そ、そういえば二日前にペット用の家を見て自分のいた施設がどうとか言っていたわね……その……親は?」
鶫の震える声に、鷹徒はアゴに手を当てて答える。
「見たことねえな、孤児院の院長の話だと俺ってゴミ箱に捨てられてたらしいんだよな」
「…………!」
その時、鶫の心臓が一瞬止まる。
「確かレストランの、でも院長もビックリしただろうなー、友達のシェフに頼まれてゴミ捨てに行ったら死にかけのガキがヘソの緒つけたままゴミに埋もれてるんだぜ? それで院長慌てて病院に連れてって命は助かったけど親なんか名乗り出るわけねーじゃん、だから自分の経営する孤児院に引き取ることにしたんだってよ、それでその院長が――」
鶫の耳に、鷹徒の声はもう聞こえなかった。
見たわけでもないのに、鶫の頭の中には、その光景が忠実に浮かび上がった。
最初は誰もいない路地裏の汚いゴミ箱の映像。
続いて思い浮かんだのは、生まれて間もない弱った赤子がゴミにまみれ、今にも死にそうな姿である。
鶫の口が震える。
手には力が入らなかった。
鶫は今まで、鷹徒の言動や、ケンカばかりしていたという話から、鷹徒の人生を勝手に想像し、勝手に決め付けていた。
親の言う事を聞かず、自分勝手で、喧嘩っ早くて、気に入らない事があればすぐ暴力で解決するつまらない、そこら辺に溢れているバカなチンピラだと、でも……
「…………」
鶫の中で自分と鷹徒の境遇が比べられた。
自分なんかには想像もできない、自分を産んだ親からそんな扱いを受け、一切の愛を受けられなかった人生など、その事実にどんな情念を抱くか……
親という存在の立ち位置も判断できない、それが鷹徒の歩んだ人生なのだろう。
「鶫、お前何ボーっとしてんだ?」
意識が鷹徒に引き戻され、鶫は目を伏せた。
「その、ごめんなさい、今まで貴方がそんな……その……」
「お前何言ってんだ?」
鷹徒からは信じられないほど明るい声が返ってきた。
「親がいなくても俺には雫結がいたし、中学行ったら鷲尾に会って、アカデミーに入学したら雀がなついてきて、俺は十分楽しいし、別に自分の人生悲観した事なんかねーよ」
「でも……」
「おっと、こんなん喋ってたら作業遅れちまうな、とっとと終わらせようぜ」
「…………」
鶫は、鷹徒の背中が小さく見えるのは気のせいだと、自分にそう言い聞かせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます