第14話 お嬢様の荷物持ち

「言っておくけど、一つでも箱や紙袋が汚れてたら承知しないからね」


 そう言い残して燕の運転する名も知らぬ高級車は遥か彼方へと小さくなっていった。


 当たり前だが、持つだけと持ったまま移動するのとでは腕への負担は天と地の差がある。


 歩き続けること丸一時間、雫結の荷物はできる限り鷹徒が持ったが、それでも屋敷についた時、一番辛そうな顔をしているのは雫結だった。


 クラスの女子の中では一番背が高いのに一番体力が無いのは如何(いかが)なものだろうかと鷹徒も思っているが、雫結自身にはなんの罪も無いため責められない。


「では、本日の試験はこれまでです、皆様、お気をつけてお帰りくださいませ」


 荷物を届けると美羽自身からは当たり前のように感謝の言葉は無く、燕に見送られて鷹徒達は屋敷の外を目指して歩いた。


「たく、あの野郎ほんとムカツクぜ、しっかし雀、お前以外と力あるんだな、疲れてねえのかよ?」

「ぜぇんぜん、雀ちゃんはお兄ちゃんエネルギーが充電できれば疲れ知らずなんだから」


 雀がギュッと鷹徒の腰にしがみつき、雫結が慌て始める。


「あわわ、雀ちゃん、そんなにくっついたら鷹徒くん歩きにくいよぅ、お願いだから離れて……」

「ぶー、たゆたゆのいじわるー、チュンチュン、いいもん、今日はわっちんにするから」


 言って雀はひらりと宙に舞うとそのまま鷲男の背中にしがみついた。


「おー、わっちんの背中ひろーい、今日からわっちんに乗り換えよっかなー」

「なに?」


 次の瞬間、鷲男の脳内で次のような図式が――


「ストップ!」


 ハッと我に返り、鷲男がきょろきょろし始める。


「……お前、また変な図式考ようとしただろ」

「むっ……自重しよう」


 鷲男がそう返事をした頃に、鷹徒は少しも会話に入ってこない鶫の背を見た。

 あからさまに不機嫌オーラを全開にして一人で先頭を突き進む鶫、おそらく顔はかなり険しくなっていることだろう。


「なあ鶫(つぐみ)、お前まだ怒ってんのかよ?」

「なんの事かしら?」


 声にもやはり怒気が込もっている。


「安心しろって、俺だって自分のせいでお前らまでとばっちり喰らうなんてゴメンだしな、あのガキに殴りかかるような事はしねえって」


 だが鶫は一瞬振り返って睨むとすぐに前へ向き直り、早足に去って行ってしまった。



   ◆



 次の日、試験の関係で午前しかない授業が終わった鷹徒は白鳥家に向かうべく、鷲男と共に男子寮を出ようとして、体が固まった。


「何またバカっぽい顔してんのよ、いくら名前が鷹徒だからって頭も鳥レベルにしてんじゃないわよ」


 雀とは違う、正真正銘の幼女が白いドレスを着て立っていた。

 その後ろにはさほど背の変わらない雀とずっと高い鶫と遥かに高い雫結も立っている。


「えっと、これはどういう……」

「本日は近くを通りましたのでお迎えにまいりました」


 四人目の女性、燕尾服を着た麗人、燕は現れるとすぐに横で猫背状態の雫結の背と肩に手を当てる。


「それと沖之さん、貴方はせっかく背が高いのだからもっと背筋を伸ばすべきです」

「わわっ……」


 燕に無理やり背筋を強制されると雫結の背は長身の燕を超えた。


「「むぅ、長身のバインバインめぇ~」」


 二人の足元で雀と美羽の小声がハモる。


「お嬢様、どうかなさいましたか?」


 雫結に比べれば劣るが、堅苦しい燕尾服の中で窮屈そうにしている胸を見上げて、美羽はそっぽを向いた。


「別になんでもないわよ! あれ? そういえばアンタこの前アザだらけで帰らなかったっけ?」

「ああ、アザなら昔からケンカで慣れてるからな、あのぐらいもう治ったって」

傷一つ無い顔を撫でて鷹徒は笑った。

「あっそっ、それよりも、今日はせっかくだからアンタ達の部屋を見させてもらうわよ」


 ビシッと指を差す美羽に鷹徒もさすがに反論する。


「何言ってんだ! なんでまだ本当の主人になったわけでもないのにオメーに私生活把握されなきゃなんねーんだぐばぁ!!」


 鶫のミドルキックが鷹徒のみぞおちにクリーンヒットして鷹徒はその場にうずくまった。


「前から言っているでしょう、口の訊(き)き方には気をつけなさい、ではお嬢様、うちのバカの部屋なんかで良ければいくらでもお見せしますが、お嬢様にはあまり相応しくないかと」

「構わないわ、アタシはただアカデミーの寮とそこに住む学生がどんな暮らしをしているかが気になっただけ、別に住もうってんじゃないんだからいいでしょ? 見るだけよ、見るだけ」

「そうですか、では……ほら狩羽、早くお嬢様を貴方の部屋に案内しなさい!」

「この野郎、いつか覚えていろよ」


 恨みの声を漏らしつつ、すでにダメージを回復させた鷹徒は皆を引き連れ自室へと戻った。


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