第13話 ブラックカードではなく顔パスで買い物

 次の日、鷹徒達は両手に大量の荷物を持ったまま、高級ブティックの中をヨロヨロと歩いていた。

 その先頭は当然……


「いつもながらすばらしい品揃えね」

「ありがとうございます、お嬢様」


 美羽が子供っぽくはしゃぎながら服を見る横で、口ひげの綺麗に整った中年紳士が頭を下げた。

 多分この店の店長だろうと思いながら、鷹徒は両手の荷物を恨めしげに見下ろした。


「おいガキ――!」


 鶫の踵(かかと)が鷹徒の足を踏みつける。


「み、美羽お嬢? わざわざ買ったモン持ち歩かなくても後で屋敷に届けさせればいいんじゃないのか?」


「相変らず口が悪いわね、だいいちお嬢って何よお嬢って!? アタシはヤクザの娘かっての、それにせっかく今日は荷物持ちがたくさんいるんだから、後でじゃなくて家に帰ってすぐに試着してみたいの」


「じゃあなんで燕先輩は持ってないんだよ?」


「そりゃあ燕はアタシの専属だもの、私の身に何かあったら時には素早く動いてもらわないとね、あっ、このドレス可愛い!」


 鷹徒達への負担など少しも考えず次々にドレスやら靴やらを買い込み、その全てを包装、袋に詰めて鷹徒達の荷物が増えて行く。


 ドレス自体はそれほど重くないが、鷹徒は高級品特有の無駄にゴツくて豪華な箱や装飾が憎くてしょうがない。


 それこそ、庶民がそこらの服屋で買い物をした時のようにぺラい包装紙で簡単に包んでくれれば鷹徒達の腕にかかる負荷は大分楽になるはずなのだ。


(ああもうあのクソ金持ち共が、どうせてめぇら箱なんてすぐ捨てるんだろ?! 俺らみたく包装紙ごととっておいて別の時に使ったりしねぇんだろ?! だったら箱で無駄に重さ増してんじゃねえよ!!)


 と、心の中では怒りの炎を燃やしながら鷹徒は必死に耐える。


 理由は当然、昨日の鶫との一件にある。


 鷹徒も、頭では鶫の言っている事は理解できている。


 だが感情の面ではまだ納得していない、それでもこうやって我慢しているのは、ひとえに仲間の為と言っていいだろう。


 自分が癇癪(かんしゃく)を起こせば雫結や雀、鷲男にも迷惑がかかるとなれば、鷹徒とてヘタな事はできない。


 そして、最初はただ高飛車で偉そうにしているとしか思っていなかった鶫の理念を聞き、鶫の夢を潰す事に、少なからず抵抗があるのも事実であった。


「じゃあそろそろ帰りましょうか」


 と言ってレジを通り過ぎる美羽とその後ろを歩く燕を見て、鷹徒にとある疑問が浮かんだ。


「燕先輩」

「なんですか?」


「さっきからどの店でもレジの前ずっと素通りですけど、カードとか渡さなくていいんすか? 金持ちって買い物はカードでするんすよね?」

 一応は、一般常識を口にしたつもりだったが、燕は軽く、

「ああ、中途半端な富豪の事ですね」


 と返してきた。


「中途半端?」


「ええ、いいですか狩羽君、真の富豪は買い物に現金もカードも使いません、使うのは自分自身の顔です」

「顔って、言ってる意味が分からないんすけど……」

「ですから、白鳥家の人間の顔は全て覚えられていますから、この店の商品はなんでも好きな時に勝手に持ち帰って良いのです、代金は後日、係りの者が銀行の口座に振り込みますから」


 感想が出なかった。

 カードすら持たず顔で物を買える存在、そんな者はすでに鷹徒の想像力の限界を超えている。


「お連れの方々、包装が終わりましたよ」


 店員にいくつもの紙袋を持たされ、雫結の細腕が震えた。


「雫結、いくつか俺が持つからこっちよこせ」

「うぅ、ごめんなさい鷹徒くん」

「気にすんなって、鷲男も雀の持ってやれ」

「うむ、では雀、荷物をこちらに」


 一番多くの荷物を持っているにもかかわらず余裕すら見える鷲男がその長い腕を雀に差し出す。


「別に大丈夫だよ、あたしこれでも力(ちから)もっちーなんだから」

「むっ、なればよいのだが……」


 その瞬間、鷲男の脳内で次のような図式が成り立った。


 雀が重い荷物を持ち続ける。↓

 雀の腕力がドンドン強靭になる。↓

 いつもの感覚で雀が鷹徒に抱きつく。↓

 圧倒的な腕力により鷹徒の腰が千切れる。↓

 鷹徒死亡。


 両目をクワッと見開き、


「燕殿! この辺で鋼のコルセットを売っている場所を知りませんか!?」

「鋼のコルセット?」

「はい! でなければ鷹徒の体が上下真っ二つに! 鷹徒の命を守るにはどうしても鋼のコルセットが必要なんです!!」


 燕に詰め寄る鷲男を見ながら、鷹徒は渇いた笑いを漏らす。


「はは、どうやらあいつの脳内で俺は胴体が千切れるらしいな」

「うん、どうやったらそんな結果になるんだろうね……」

「くだらない事言っていないで早く行くわよ」


 妙に不機嫌な鶫が横を通り過ぎ、鷹徒達もそれに続いた。


「そうですねえ、鋼のコルセットはオーダーメイドならば……」


(燕先輩そいつ無視していいですから!)


 心の中で注意し、鷹徒は外に出る。


「じゃ、アタシと燕は屋敷に帰っているから、アンタ達はその荷物よろしくね」

「待てよ、なんで俺達は車じゃねんだよ!?」

「はぁ? だって今日はリムジンじゃないんだから、そんなにたくさんの荷物無理矢理入れて帰る途中で箱が潰れたらどうするのよ!」

「服が無事ならそれでいいだろが!」

「やーよ、潰れた箱を開けてお洋服を出すなんてテンション下がるでしょ、そんなに重いなら半分くらいは車に乗せてもいいわよ」


 あくまで上から目線の美羽(みう)に、鷹徒は拳を震わせながら耐えた。


「……わかったよ」


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