第12話 執事の覚悟

「じゃ、今日はここまでだから、また明日ねー」

「気をつけてお帰りくださいませ」


 バタン、と目の前で扉が閉まり、鷹徒達はようやく開放された。


「ったく、なんなんだよあのクソガキは!!」


 来る時と違い、地平線まで続く門への道のりを地道に歩きながら、全身アザだらけの鷹徒は文句を言った。

 それと一緒に、犬に引きずりまわされてボロボロのメイド服を着た雫結が、


「うぅ、恐かったよぅ……」


 やや体の焦げた鷲男が無表情無感動の声で、


「あの娘は、某の主に相応しくない……」


 無傷の雀が、


「確かにあの子ちょっとイジワルだよね」

「つうかなんでお前無傷なんだよ!?」


 顔を腫らした鷹徒が綺麗な顔をした雀に詰め寄り声を張り上げた。


「いやー、アタシって小さいでしょ? だからあの大っきな人達の攻撃かわすの楽なんだよねー」

「楽って……お前いつからそんな業師になったんだよ……」

「スズメは身軽なだけだもん、チュンチュン」

「まあ、怪我が無いならいいけど、それにしたってあのガキ……」

「一時的な事とはいえ、主のワガママにも付き合えないなんて使用人失格よ」


 鶫に言われて、鷹徒は震える拳をほどいた。


「なんだよ、お前だって何度も菓子の作り直しさせられてたじゃねえか、あの後こっそり厨房に行って食ったけどかなり美味かったぞ」

「何しっかり残飯漁ってんのよ! まあそれは置いといて、いい? 使用人に大事なのはご主人様にとってどうかなの、いくら世間的に美味しいスイーツを作ってもご主人様が気に入らなかったらそんな物には何の価値もないのよ!」

「だからってあんな態度ねえだろ、あの野郎一体何様だよ!」


 言いながら鷹徒が右の拳を左手で受け止めると、鶫の目が一度に冷め切った。


「貴方、執事になりたくてアカデミーに通っているのよね?」

「……そうだよ、それがどうかしたのか?」


「さっきも言ったけど、この国には庶民には理不尽な事がある、いえ、社会とは理不尽な物なのよ、年齢に関係なく、社会的な地位は絶対、例えば日本が未曾有の食料難になれば、美羽お嬢様は今までのように贅沢な食事を約束されている一方で、庶民は食べる物も無く飢えて雑草や紙切れを食べて死ぬ者すら出るわ」


「おい、お前一体何を言って――」


「貴方が誰かを殴って怪我をさせれば、悪くて少年院送り、だけど仮に美羽お嬢様がどんなに人に怪我を負わせようと相手が死なない限り、いえ、例え死んでも白鳥財閥の力で事件は揉み消されお嬢様は何の罪に問われる事もないでしょうね……鷹徒、貴方に解るかしら? これが身分の差よ」


「おいおい、マジでそんな事が許されてんのかよ……」


 声こそおとなしいが、鷹徒の声には明確な怒りが感じ取れる。


「こんな事も知らないなんて、やっぱり貴方、相当な世間知らずね、どうせ今までケンカしかしてこなかったんでしょ?」

「ぐっ」


 鷹徒の顔が強張る。


「図星のようね、狩羽君は勘違いしているようだから教えてあげるわ、貴方が持っている理念は、一見すると平等で正義に満ちたそれはすばらしい物だけれど、それが通じるのは漫画やドラマの中だけ、現実の社会ではどんなに理不尽な事でも従わなきゃならない事や我慢しなきゃならない事が山のようにあるわ、なのに貴方ときたら自分の気に食わない事があればバカみたいに怒って、自分の行動で自分や周りの人がどうなるかを考えもしないで、最初に貴方が美羽お嬢様にくってかかった時、私が止めなかったら貴方はどうなっていた?」


「……それは」


「貴方とお嬢様の性格を考えれば、お嬢様が謝るはずはないし、それに腹を立てた貴方は間違いなくお嬢様を殴ったんじゃないかしら?

単なる一学生に過ぎない貴方が白鳥財閥のお嬢様を殴り飛ばしとなれば貴方は即退学、この先の人生にも大きな障害がつきまとうでしょうし、それを止めなかったとして私達も連帯責任で何かしらの処罰を受けるでしょうね」


「ッッ……」

「でも、貴方が我慢していれば全ては何事も無く進んで、私達は有意義な夏休みを迎えられるわ」

「じゃあ、お前はむかついたけどちゃんと我慢したっていうのか?」


「何か勘違いしてない? 私は一切の我慢なんかしていないわ、だって私の全てはご主人様のためにあるのだから、ご主人様が作れと言えばいくらでもお菓子を作るし、不味いと言われたら自分の力量の無さを反省するだけ、貴方のように低俗な感情は無いのよ」


 険悪なムードの中、鷹徒はやや語気を強める。


「随分と偉そうじゃねえか、お前も何様のつもりだ?」

「何様? 確かに、貴方達からすれば私は偉そうに見えるかもしれないわね、だけど、少なくとも私は貴方達とは違うもの」

「はっ?」


「前に言ったでしょ? 私の家は代々白鳥財閥に仕え白鳥家を影で支えてきた家だって、私はね、失礼な事だと解って言うけれど、貴方達や他の生徒みたいに家が貧しくて学費が払えないからとか、マトモな生活がしたいからなんて不純な動機じゃない、選ばれた人間に仕えて奉仕しその一生を主の為に尽くし主の役に立つ、そんな使用人の仕事に誇りを持っているのよ!

 それが使用人の理想像だし、それが使用人の本質、そしてサーヴァントアカデミーはそういう人材を育成する場所なのよ、だから、ここまで言って、もしもまだ貴方の考えが変わらないのなら……」


 不意に立ち止まり、鷹徒を睨んで冷たく言い放った。


「その燕尾服を脱ぎなさい」



 

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