第11話 試験内容が不穏過ぎる
『打つべし打つべし打つべし打つべし打つべし打つべし』
やたらと物騒な声に満たされた場所に案内された鷹徒は今度は何をやらされるのだと、雫結のように肩を落とした。
鷹徒達が案内されたのは広い体育館で、サンドバッグやミット、グローブなど、格闘技の練習に使う様々な器具があり、中央にはボクシングに使われていそうなリングが用意されている。
かと思えば、何も置かれていない広い空間があり、そこでは屈強な男達が空手やレスリング、またはロープを使った捕縛稽古をしている。
「ここは主に屋敷のガードマン達が自由に腕を磨く場所です。
やはり、お嬢様の命を狙った不埒な輩との戦闘など、そうそうあるものではありませんから、時々でもこうやって体を動かさないとカンが鈍るようです」
鷹徒の頭を嫌な予感がよぎる。
「というわけで、そこのチビっ子、アンタ護衛課程でしょ? 今からちょっとしたゲームをするわよ」
美羽が言っている間に燕が手を叩き、体育館中の男達を集める。
「今からこいつら全員にアンタ達を襲わせるから、チビっ子、アンタは鷹徒を護衛しなさい」
「なっ、ちょっと待っ――」
「いーよー、それおもしろそー、じゃ、一緒にがんばろうね、たっちゃん」
「って、いいのかよ雀」
心配する鷹徒の言葉をけんもほろろに無視して雀はニパー、と笑った。
「大丈夫大丈夫、雀ちゃんは強いんだから」
「でもよぉ……」
満足げな顔で二人を眺める美羽に燕が目を向ける。
「お嬢様、もしやここ数日習い事のペースを早め今日のこの時間に空きを作ったのは……」
「ええそうよ、だってアカデミー生と会うの初めてなんだもの、新しいオモチャが来るのにバイオリンや外国語なんてやってられないわよ」
この年にしてドS属性を持つ自らの主人を見て、燕は鷹徒達に同情した。
「それと鶫、アンタは調理課程だったわね、アタシはこの駄犬とチビっ子を鑑賞してるから、その間に何かスイーツ作ってきてよ」
「かしこまりました」
「ではお嬢様、私は妹を厨房へ」
「ええ、頼んだわ」
燕と鶫が体育館から消えると、最後に残った鷹徒と雀の二人は、先程まで空手や捕縛術の練習が行われていた何も無い広い空間へ屈強な男達と移動した。
実際にその場所へ行くと、踏んだ時の感触で、床はそれほど硬くはなく、仮に叩きつけられても大きな怪我をする心配はなさそうだった。
そして、これが執事兼他の役職の力なのだろう、屈強なガードマン達の何人かは一部の隙も無い見事な立ち居振るまいでいつのまにか白いテーブルとイスを用意し、美羽はその上に座り、これまた流れるような作業で用意しティーカップには紅茶が注がれた。
このむさ苦しい空間の中で、白いイスとテーブルで優雅にお茶を楽しむ美羽、鷹徒から見ると、まるで美羽のいる空間だけが切り離されたようにさえ感じる。
なるほど、ガードマン並の強さを持った執事、あるいは執事並の教養を持ったガードマンとは実に便利で、こういった使用人を多人数抱えていれば富裕層のステータスになるのも頷ける。
などと考えている間に誰かがゴングを鳴らして、何十人という筋肉魔人達が群れを成して襲い掛かってくる。
いくら護衛課程を履修しているといっても雀の体格は小学生並、とてもではないがこんなゲームをさせる事はできない。
鷹徒は両手に拳を作ると雀の前に進み出た。
「下がってろ雀、ここは俺がなんとか――」
足元を一瞬影が横切り、振り向けば雀がいなかった。
前を向くと、肉の壁の向こう側へと消える雀の頭が見えた。
「スズメぇえええええ!!」
容赦なく迫る男達に隠れてもう雀の姿は見えない、男達はもう自分の制空圏に入っている。
そこで、鷹徒は意を決した。
「お嬢様、今度はミルフィーユを作ってみました」
鶫の持ってきたスイーツを見下ろし、一口食べると美羽はすぐにつき返す。
「マズイ、さっきのアップルパイよりはマシだけどね、他の作ってきなさい」
「かしこまりました……あの、お嬢様」
「んっ、何? あっ、そこ、一気に攻めなさいよね!」
鷹徒が白鳥家のボディガード達と戦う様を観ながら痛快そうに笑う美羽へ、
「私のチームメイトは役に立っているでしょうか……」
「ええ、今すっごく楽しい気分よ、運転課程なんて言いながらあの鷹徒とかいう駄犬結構強いじゃない、中学生の時に何かやってたのかしら」
「どうでしょう、私はあの者についてはさほど詳しくないので、沖之なら、幼馴染らしいので何か知っているでしょうが」
「沖之? ああ、あの牛チチ娘ね、妙に仲がいいと思ったら、そう、幼馴染なの……」
「うごりゃあああああ!!」
鷹徒の跳び蹴りが男の顔面に炸裂、男は仰向けに倒れた。
「ねえ鶫、幼馴染と学友って何が違うの?」
予想だにしない質問に、やや間を置いて鶫は答える。
「そうですね、国語的に言えば出会った時期でしょうか、学友は小学校に入学してからですが、幼馴染というのはそれこそ幼稚園や保育園、もしくは赤子の頃から一緒で、世間的には学友よりも幼馴染のほうが心が通じ合っているようですね」
「……ふうん」
その答えに、美羽は顔から笑顔が抜け、黙って鷹徒を観察し始める。
「では、私は他のスイーツを作ってまいります」
「ええ、今度はちゃんと食べれる物作りなさいよ」
それを聞いて、鶫はその場から離れた。
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