第10話 地平線の彼方へ消えるメイド


 次に案内されたのは児童施設のような平屋の、だが広い建物だった。


 ついさっき、燕が中に入ったばかりだが、一分もしないうちに、中から犬の鳴き声がする。


 しかもその数も大きさも、時間の歩みに比例して拡大し、今では犬の群れが迫ってきているように感じて、家のドアが開いた。


「お待たせしましたお嬢様、全ての犬にリードをつけるのに手間取りました」


 想像通りに、中からでてきたのは一〇を越える犬達、その後ろで燕が犬の数分(かずぶん)だけのリードを手に持っていた。


 小型犬の姿は無く、中型犬と大型犬だけで構成されているが、燕尾服の麗人は少しの揺れも無く、軽い足取りで鷹徒達の前まで歩み出た。


「うわぁ、ワンちゃん可愛い!」


 思わず雀が飛び跳ねて無差別に抱きしめたり頭を撫で始める。


「そうでしょう、だって、アタシの犬なんだもの、駄犬なんか一匹も混ざってないわよ」


 自分のペットを誉められ気分を良くする美羽、その後ろを通り過ぎて、鷹徒は燕に近寄った。


「あの、この家ってもしかして」

「ええ、この子達専用の家です」


 軽く言い放った燕の言葉に、鷹徒と雫結は庶民丸出しの顔で驚き仰け反った。


「俺のいた施設よりでかいぞ……」

「わたしの家の何倍だろ……」


 そして声を揃えて、


「「これが……犬小屋……」」


 一時は考えるのはもうやめにしようと思った二人だったが、やはり生まれも育ちも庶民にして、キングオブ庶民の二人にそれは不可能だったようだ。


「コラ、そこの駄犬と牛女、何またバカづら下げてんのよ! 牛女、アンタの仕事よ!」

「う、牛女!?」


 雫結が両腕で自分の胸を隠して赤面すると鷹徒の顔に怒りの色が現れるが、そこはグッと耐えた。


「あいにく今ウチには赤ん坊いないから、この子達の散歩頼んだわ」

「どうぞ」


 と、燕がリードを雫結に手渡す。


「あっ、はいっ、てうわぁあああああああッッ!!?」

「雫結(たゆう)うぅううううう!!」


 慣れていない雫結がリードを持った途端、犬達は全力で勝手に走り出した。

 思ったよりも馬力のある犬達の猛進を止める技量が雫結にあるはずもなく、雫結は地平線の彼方に消えていった。


 鷹徒の叫びも空しく、遠方からは一度だけ、


「鷹徒くううぅぅぅん…………  」


 と、声すらも聞こえなく有様だった。


「た……たゆう……」


 雫結の消えた方角へ手を伸ばしたまま固まる鷹徒の横で美羽が笑った。


「さって、つぎつぎぃ!」


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