第8話 巨乳メイドどころか爆乳メイド


 力強い声に美羽はやや不機嫌な顔で目標を雫結に変えた。


「アンタもしかしてハーフ? それとも脱色とカラコン?」


 当然と言えば至極当然で、美羽は雫結の一点の汚れも無い白い髪と肌、そして血のように綺麗な紅の瞳に着目した。


「いや、これはその……わたし、生まれつき体に色素が入って無いから……この瞳も目の中の血が透けて見えるだけです……」

「っで、あんたは何? 母乳を与える乳母(ウェット・ナース)志望?」

「ふえっ!? ちち、違います、だいいちわたし母乳出ませんし……」


 耳まで赤く染めて否定する雫結の姿に美羽の目が笑った。


「はぁ? 何あんた、そんなデカイ胸しておいて母乳が出ないって、それじゃ単なる脂肪細胞の無駄遣いじゃない!」

「あうぅ……」


 顔を伏せて雫結が自分の胸を見て肩を落とす。


「でも、そんだけ大きかったら上に物乗せて運べるでしょうから、荷物持ちには使えそうね、それとも隣の男に揉んでもらったら母乳でるかしら?」

「はうわっ!!」


 雫結の脳内でダイナマイトが爆発した。

 耳から首筋までを紅色に染め、煙が出そうなほど頭をクラクラとさせる。


「た……鷹徒くんがわたしの……わたしの……」


 雫結は膨らみ続ける妄想にとうとう体まで倒れそうなほどフラフラになってしまう。

 その横で、ついに鷹徒の血管が切れた。


「てめぇ、さっきから聞いてりゃ俺らのこと馬鹿にしてんのか!?」


 今にも殴りかかりそうな剣幕に美羽は目を見開いて一歩下がった。

 財閥のお嬢様にとって、鷹徒のような態度を取られたのは生まれて初めてだったのだ。


「なっ、何よアンタ、このアタシに逆らおうっての?」

「当たり前だ! 財閥だがなんだが知らねえが、人のこと馬鹿にしたならキッチリ謝るのがぶはっ……!!」


 鶫の見事なハイキックがスカートと一緒に宙を舞った。

 鷹徒は最後まで言い切る事無く仰向けのまま倒れている。

 額には鶫の靴の跡が残っている。


「申し訳ございません美羽お嬢様、ウチの馬鹿で救いようの無い愚民がとんだ粗相を、ですがこの男を含めて、私以外の者は皆アカデミーに入学してから使用人を学び始めた未熟者ばかりです。

 何かとお嬢様のご機嫌を損ねるような事があるとは思いますが、どうかこの場はお許しを」


 しばし取り乱したものの、鶫の態度に美羽は我を取り戻した。


「え、ええ、まあそいつは庶民の出だものね、多少の品の無さはしょうがないわね、以後気をつけなさい」


 鶫は心の中で緊張の糸を緩めた。

 何せ今回の試験で一学期の成績の半分は決まると言ってもよいのだ。

 鶫にしてみればここでの評価は己の沽券が関わる、のだが……


「馬鹿言ってんじゃねえ! 気を付けるのはおめーだろ!」


 緊張の糸が悲鳴を上げた。


「いいか! 雫結は昔から胸の事でさんざんバカにされてきたんだ! 胸がデカイだけで頭に栄養いってないだの男遊びしてるだの整形だの根も葉もない噂たてられてなあ!」

「鷹徒くん……」


 鷹徒が自分のために美羽に逆らってくれる事で、雫結の胸がこそばゆい嬉しさに満たされて……


「学年で一番最初にブラ着けたから白い服着た時に透けてバカにされたり着けなかったら胸が揺れて男子にからかわれるし! 中学に入ってからは学年中の男子からジロジロ見られて」

「ちょっ、鷹徒くん待って……そんな事……」


 せっかく抜けかけた顔の赤みがまた戻り、雫結は鷹徒の口を抑えようとするが鷹徒は自分の身を心配してくれているのだと勘違いして喋り続ける。


「学年中から牛だ牛だって言われて牛年の事をみんなして沖之年(おきのどし)って言ったり黒板に牛のコスプレした落書きされたりしてんのに何でこんなとこ来てまで胸の事でとやかく言われなきゃなんねーんだ!? てめえ、少しは雫結の気持ちを考えろ!!」


(お前が雫結の気持ち考えろよ!!×五)


 鷹徒と雫結を覗いた全ての心がシンクロした瞬間であった。

 さすがの美羽も呆れ返り、雫結をいじる気が削がれた。


「そ、それで、そういうアンタは?」


 聞かれて、鶫に再び蹴り飛ばされグリグリと顔を踏みつけられる鷹徒が跳ね起きた。


「ああ? 俺は狩羽(かりう)鷹徒(たかと)、運転科目専攻だ!」


 まるでチンピラのような目付きに、美羽は虫でも見るように瞳から興味の色を失った。


「えと、それで紹介が遅れましたが、わたしは沖之雫結(おきのたゆう)っていいます、雫にいとへんと吉の結うで《たゆう》って読みます……」

「たゆう?」


 怪訝そうな顔で美羽は燕のポケットから一枚の用紙を取り出すと広げ、目線を動かす。


「ああ、これてっきり《しずくゆ》って読むのかと思ったわ」


 初対面の人には必ず間違えられて雫結の肩がまた落ちた。


「はうぅ……それで、いちおうは育児介護課程を履修しているので、将来的には子守女中(ナースメイド)や母乳を与えない乳母(ドライ・ナース)をできたらと思ってます……」

「そう、それで、そっちのチビっ子は?」

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