第6話 執事とメイドの階級

 それから五人はリムジンに乗ると、車はまた地平線へと向かって走り始める。


「ところで、先程運転がどうとか言っていましたが、狩羽君は運転手志望ですか?」

「まあな、今のところ成績は一番だぜ」

「ほお、それは頼もしい限りです」


 鷹徒達を乗せたリムジンが横の道に曲がる。


「むっ? 渡鳥殿、本道から反れたようですが……」

「大空君、失礼ですが名前で呼んで頂かないと、妹と区別がつきません」

「それは悪い事をしました、では燕殿、この先には何が?」

「私がお仕えする白鳥家の四女、白鳥(しらとり)美羽(みう)様のお屋敷です」


 ハンドルを操りながら燕は目線を前方に向けたままでそう言った。


「四女の屋敷?」


 鷹徒が怪訝な声を漏らした。


「はい、失礼ながら、まだサーヴァントアカデミーの生徒に過ぎない貴方がたに会うような時間は頭首様にはありません、ですから、貴方がたには四女、美羽様の下で試験を受けてもらいます」

「んで、屋敷っつうのはどういうことだよ?」

「ですから美羽様の屋敷です。白鳥家では満一〇歳になった子には専用の屋敷を与え、そこで暮らさせます」

「!……一人一部屋でも一フロアでもなくって……一人一屋敷なんですか……」

「はは……ケタが違うな……」


 鷹徒と雫結は互いにもたれかかりながら白鳥家の規模に大きく息をついた。


「そういえば、皆様にはまだこの家の使用人の階級形式を教えていませんでしたね、階級の形式は各家ごとに若干異なりますが、基本はどこも同じですから、授業で習うかもしれませんが、参考までに聞いておいてください」


 仮にも執事とメイドを目指す者だけあり、鷹徒達は燕の声に耳を傾ける。


「まず執事とメイドにはその実力に応じて下級使用人、中級使用人、上級使用人の階級が与えられ、使用人同士であってもこの階級による上下関係は絶対です。

 続いて、階級とは別の、使用人としてのステータスとなるものとして《専属》というものがあります」


「専属?」


 鷹徒の声に燕は続けた。


「ええ、執事やメイドといった使用人の仕事は屋敷の掃除や洗濯といった家事雑務、ご主人様の広大な屋敷と敷地の管理です。

 当然、お仕えする家の方と会う事はごく稀であり、一日中家事をするだけの日々。

 ですが、頭首様、もしくはその家族専用の使用人になればその仕事は屋敷の管理ではなく、主様の身の回りの世話になります。

 朝起こす事から夜の消灯まで、一日の大半を主様と行動を共にし、お着替えからドアの開け閉め、お紅茶の注ぎや主様宛の手紙の受け渡しまでその仕事は幅広く、何よりもお家に仕えると同時に、その主様個人に仕える身となるため、例えば次女の専属執事は長女の命令を聞くかは自由となります」


「って、それマズくないっすか!? だって雇用主の家族なんですよね!?」


 鷹徒の横で雫結も頷く。


「ええ、当然大元の雇用主である頭首、つまり大旦那様の命令が一番ではありますが、次女の専属となった使用人はあくまで次女個人に忠誠を誓った存在、他の使用人のように全ての家族へ平等の忠誠心を持つのは自分の主の信頼を裏切る行為に他ならないのです。

 また、専属になれるかは家の方に気に入られるかどうかで階級は関係ないので下級使用人が専属になる場合もあります。

 その場合、使用人同士の上下関係は変わりませんが、同じ下級使用人同士の場合は専属の使用人のほうが立場は上になります。

 そして上級使用人のさらに上が使用人長と呼ばれる役職で、全ての執事を統括する執事長と全てのメイドを統括するメイド長がそれに当たります。

 さらに、これは裕福な家の中でも私がお仕えする白鳥家のような財閥にしか無い役職ですが、分家には無く、本家にのみ存在する役職で分家や別宅、家族に与えた屋敷の執事長やメイド長を統括する大執事長と大メイド長が存在するのです」


「大メイド長? それって確か……」


 鷹徒と雫結、そして雀の顔が鶫に向いた。


「おや、妹の夢をご存知でしたか? その通り、その大メイド長こそがメイド達の憧れ、それは同時に、あの本道を抜けた先に建つ、白鳥家当主、白鳥(しらとり)高爪(こうさい)様のお屋敷に仕え、そこでメイドの頂点に立つ事を意味します。

 当然、渡鳥家の中でもその地位に就けるのは一人だけです」


「ちなみに、姉さんは二二歳という若さで既に上級使用人のうえに白鳥家四女、美羽様の専属なのよ、私の目標はさらにその二段上」

「……なんつうか、果てしない道だな……下級中級上級使用人長に大使用人長、しかもなれるのは一人だけって……」

「驚かれましたか? さらに、厳密に言うならば白鳥家では使用人長と大使用人長の間にハウススチュワードという役職が存在します」

「あっ、それ授業で習ったけど、ハウススチュワートって確か一番偉い使用人じゃありませんでしたっけ?」


「そうです、ですが白鳥家は大きな財閥ですから、分家の屋敷で一番偉い使用人はハウススチュワートですが、本家に仕える大執事長と大メイド長はその上をいくのです。

 最後に、日本中に散らばる全白鳥家の使用人全ての上に君臨し、使用人でありながら家族の中でも大旦那様の次に強い発言力を持つ使用人の中の使用人、それこそがマスターハウススチュワートなのです」


 ずっと感情の無い冷静な声だった燕の声には、今だけは僅かな熱を感じられた。

 つまりは、マスターハウススチュワートというのはそれほど凄い役職なのだ。


「ハウススチュワートは男性がなるものですから、お二方も将来財閥に仕える事になったら目指してみては如何ですか?」


 燕の投げかけに鷹徒は、


「いや、俺はパス」


 と諦め、対照的に鷲男は、



「ええ、マスターハウススチュワートを目指し精進いたします」


 と、力強い声で答える。

「目標が高いのは良い事ですよ……などと話ている間に着きましたね、あれに見えるのが、私が専属を担当させて頂いているお嬢様のお屋敷です」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る