第37話 チート勇者



「お前が死ねよ」


 左手に掴んだバリスタに思い切り五本の指を突き刺したまま、レイドは左腕を振り上げた。


「へっ?」


 接近する柱サイズの矢に兵士が言って、戦艦を巨大な衝撃が襲う。


 一撃、たったの一撃でバリスタはへし折れた。


 逆に言えばそれほどの筋力でレイドは戦艦を叩いたのだ。


 ボディがへこみ、窓ガラスが割れた戦艦にレイドは両手をかけて、魔力を集中させた。


 手の平に戦艦が接触したまま、すなわちは攻撃呪文の零距離発動、それは巨大な爆炎を巻き起こして、レイドごと周囲を包み込んだ。


 結果は鉄屑と化した戦艦を乗り越えて、無傷のレイドが戦闘を再開するという有様だった。


「現在の被害状況、死傷者四〇〇〇人を越えました、また、多くの兵が敵前逃亡、我が軍は総崩れです!」


 スピーカーからの報告に、ビルは机を叩く。


「この城の全戦力を持って奴を殲滅する!! 全ての兵を完全武装させろ!!」

「ですが、今の騒動で城の中の兵士達も動揺しているみたいで、現在指揮系統が乱れておりまして……」


 あちこちの無線やスピーカーから同じような内容の報告をされてビルは焦る。


 よりもにもよって何故こんな時に、自分の作戦が発動しようという時にこのような事態が起こってしまったのかと、ビルは手の肉が抉れそうなほど強く拳を握り締めてレイドへの怒りを現した。


 オマケに被害に合っているのはただの兵士ではない、自分が作戦遂行のためにとランドームから借り受けた兵である。


 貧民外を潰しさらなる国益をと言っておきながらいざ兵を与えればたった一人の男に全滅させられる。


 そんな事が起これば、それこそ自分の地位と名誉が危ないのだ。


「……やむ終えまい」


 言って、ビルはコートの内ポケットの中へ手を入れると中に隠していた水晶を握り、自らの思念を送り込んだ。



   ◆



「?」


 兵士の様子に、レイドの剣が止まる。


 自らに畏(おそ)れをなして逃亡していた兵士達が立ち止まり、急に頭を抑えて苦しみ出したのだ。


 やがて兵士達は時間が停止したように硬直すると、こんどは両手をだらりと下げ、こちらを振り向いた。


 次の瞬間、全ての兵士は目を血走らせて唸った。


『おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!』


 数千の声が束なり、周囲を支配した。


 最早兵士達に理性は無く、本人の意思も無い。


 他に変わったところは、彼らの兜や軍服に刻まれていたランドーム国の国旗のマークが不気味に明滅している事。


 そして、レイドからは確認できないが、兵士達の体内であるものが蠢(うごめ)いている事だ。


 兵達が一人残らずレイドに突貫する様を見て、高台にいるビルは哄笑する。


「ははははは、そうだ、それでいい、兵の役目は指揮官の指示に従う事、忠実なる駒であればいい」

(もしもの為にと兵の食事に蟲を混ぜたが、その甲斐があったな)


「さあ、その男を殺せ!」


 ビルが水晶に思念を送り直し、兵達は武器を振り上げて駆けた。


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