第36話 勇者の蹂躙
ランドーム城の周囲には城壁内部に侵入した敵を捜索するために、刑務所のようにいくつかの高台が設けられている。
ビルはその一つに登ると轟音の中心部へと目を凝らして、目を見張った。
「!?」
レイドを殺そうと次々に襲い掛かる兵の刃は振るわれる前に主を失い、彼に近づく全ての首や胴が切断されていく。
その手に握られた剣はいかなる攻撃も許さず、幾重もの敵を切り裂いていった。
ただ剣を振るだけで一〇の兵士が鎧ごと斬られ、MPを消費した剣撃や攻撃呪文なら数十の命がなんの抵抗も無く散っていく。
たった一人の男の前に数百の戦士が死ぬ。
万軍が、例えドラゴンであっても問題にならない人間達の集合体たる軍隊が、一人の人間の前に……崩れる。
「万人がかりでたった一人の人間も倒せないなど……そんな事が本当に……」
伝令兵の言葉が世迷言でない事を確認して、ビルは数秒の間だけ放心状態になってしまう。
ある時、兵が一斉にレイドから逃げた。
同時に一〇〇〇の弓兵が一斉に魔力を込めた矢を放つ。
その一本一本が鉄板も貫く威力を持つ、そんな死の雨が、レイド・ラーシュカフに降りかかって、その全てがただの一本もレイドを傷付けることが無かった。
鉄壁:一定未満(レベルによる)のダメージは全て無効。
高台の上でビルが無線に向かって叫ぶ。
「直接攻撃はダメだ、魔術部隊!」
「ハッ!」
返事をした魔術部隊の部隊長は指揮を取って魔術師は詠唱を始めた。
数秒後、今度はレイドに向かって一〇〇〇の火球が襲いかかった。
火球のサイズは直径二メートルという大きさ、それが一〇〇〇発ともなれば家の七軒や八軒は灰になるだろう。
火球の多くはレイドに命中した。
だがそれはレイドが無防備に、迫り来る巨大な火球の大群になんの頓着もしなかっただけの話だ。
当然に、レイドはまたもなんのダメージも受けていなかった。
髪の毛一本焦げてはいない。
魔術耐性:魔術の影響を軽減する。
結界:ある一定未満の威力(レベルによる)の魔術効果は全て無効。
「う、うそだろ~~…………」
魔術部隊の部隊長はあとずさり、抜けかけた腰を震わせながら目を見張った。
「ええい、こうなれば大魔術で仕留めるぞ! 各中隊ごとに集まれ!」
半分ヤケになったような声に、魔術師達もオロオロしながら一〇〇人ごとに集まり、皆の魔力を結集させつつ長い詠唱を唱え始めた。
続いて、ボディに刃や槍を装備し、歩兵を轢(ひ)き殺すための戦闘用車両がレイドに襲い掛かる。
それに対して、なんとレイドは剣を鞘に収める。
そして……
「しゃらくせぇええええええええええ!!!!」
拳だった。
両手の拳を一度振るっただけで時速五〇キロで突っ込んできたトン単位の重量を持つ鉄の塊をぶっ飛ばす。
一台、二台とレイドの拳を受けた箇所を大きくへこませた車両は一〇メートル以上も宙を舞ってから味方部隊を派手に巻き込みながら地面改め仲間の上に降り注ぎ、それでもなお殺し切れぬ運動エネルギーで味方を蹴散らしながら地を転がって行く。
魔術部隊は壊滅だった。
車両が退いたのを見て、レイドが再び腰の剣を抜くと今度は空からいくつかの影が迫ってくる。
その正体は家を支える柱程もある巨大な矢だった。
「本当はスラムを潰す切り札だったが、さすがの奴も超巨大矢発射砲台(バリスタ)を喰らえばひとたまりもな――」
「ハァッ!!」
レイドが剣を一振り、同時に巻き起こる一陣の暴風、まるで台風を思わせるソレはバリスタの進路を狂わせ、車両同様ランドーム騎士団に振り注いだ。
ビルは口の端をピクピクと痙攣させて、歯を食い縛る。
「まだだ、まだこちらには秘密兵器が……」
不意に、騎士団が道を開けた。
奥から向かってくるのは家かと見間違うほどの体躯を誇る車両、いや、小型の陸上戦艦と言うべきか。
屋根にはバリスタを装備している。
数十メートルという近距離からバリスタを放ちレイドが怯んだ隙に轢(ひ)き殺す。
戦艦の操縦者達はそんな事を考えていたのだが……
「死ね!」
中の兵士は雑魚キャラ風の声でバリスタの発射スイッチを押しながらアクセルレバーを引く。
なのに結果と言えば、剣を収めたレイドが左手一本でバリスタの矢を受け止め、間髪入れずに突貫してきた戦艦も余裕を以って右手一本で運動エネルギーを相殺した。
左手にバリスタ、右手に陸上戦艦を掴んだレイドに睨まれて、操縦していた兵士達はガタガタと震える。
鬼の形相で見据えるレイドが殺意に満ちた声で言った。
「お前が死ねよ」
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