第35話 勇者、怒る!
今回、ビルが用意した兵の数は合計一万人。
その内わけは軽装の歩兵が五〇〇〇人、重装歩兵が二〇〇〇人、弓兵が一〇〇〇人、バイク兵が五〇〇人、外装に槍や刃を装備した戦闘車両一〇〇台には四人ずつ兵が乗っている。
攻撃呪文を中心とした黒魔術師は一〇〇〇人、そして残りの一〇〇人は隊長や将軍など各部隊の指揮を取る者や他とは違う、独自の戦闘法を取る猛者など、一般の兵とは違う兵士で構成されている。
そんな布陣が、現在は九〇〇〇まで数を減らしていた。
理由は至極単純で……
「おらよっっ!!」
レイドの剣が振るわれるたびに少なくとも一〇人の兵士が斬り裂かれて即死していた。
無論ただの剣の射程では相手が都合よく並んでくれていない限りは不可能だが、今のレイドの剣はロングソードを越え、振るった瞬間だけ一〇メートル以上も伸びて、周囲の敵をまるごと両断してしまう。
レイドの剣にはそんな特性は無い、それを可能にするのは勿論、
レイド保有スキル
全体攻撃:MPを消費して通常攻撃に全体化特性がつけられる。
「ちくしょう! こいつどうなってやがるんだ!」
「ひ、一人でもう何人殺してんだよ!?」
兵士の悲鳴も虚しく、レイドは剣を右手だけの肩手持ちの状態で左手に魔力を集めるとなんの詠唱も無く、周囲に巨大な炎と雷と冷気の玉を放った。
『うっそぉおおおおおおおおお!!!』
数十の兵士が一瞬で炭になり、また数十の兵士は体がバラバラになり、別の数十人は体を絶対零度まで凍結されてレイドの振るう剣撃の衝撃波だけで砂のようにその身を崩していった。
同時行動:MPを消費して一ターンの間に数回行動できる。
詠唱破棄:詠唱しなくても呪文を使える。
「てめえらクソ兵士は今まで街の人間いびってたんだよな? 美女と美少女を襲うところは見てないから見逃そうと思ったけどこうなりゃついでだ」
レイドの剣から紅い炎が迸り、業(ごう)と音を立てて天を焦がすほどに立ち昇る。
「てめえらの被害者に美女と美少女がいたかもしれねえっていう理由で地獄に落としてやるよ!!」
『なんだその理不尽はぁああああ!!』
怯える兵士達に向かい、レイドが天高く突き上げた炎の剣を振り落とし、前方数百メートル先までは火の海と化して阿鼻叫喚の地獄絵図が出来上がる。
震え上がる兵士達を、レイドはさらに覇王が如く眼光で射殺した。
◆
「さっきからなんだこの爆音は?」
眼鏡を上げて、ビルは車の窓から部下に尋ねる。
「い、いえ、私にも何がなんだか……」
首を傾げたところで、兵団からバイクに乗って一人の兵が走り込んできた。
「伝令! 伝令!」
「むっ、一体何事だ?」
バイクから降りた軽装の兵はビルの前に頭を下げてから高らかに叫んだ。
「突如城壁の門が破られ、我が軍はその犯人と交戦中、被害甚大、既に一〇〇〇人近い死傷者がでています!」
「なんだと!?」
普段は冷静なビルもこれは驚かずにはいられなかった。
車の窓から身を乗り出して伝令兵に詰問する。
「それで敵は一体何人だ!? まさか魔族の襲撃ではないだろうな!?」
この作戦の最高司令官に問い質され、伝令兵はやや気圧されつつもなんとか口を動かして返す。
「そ、それが犯人は若い男一人、風貌からはただの人間かと……」
「人間一人? 馬鹿を言うな、たった一人の力で一体何ができるというのだ、例え五〇レベルを超えるような超人であったとしても一万の武装した軍勢を相手にできるわけがないだろう」
「ですが、相手の武器は剣、その上かなり高いレベルの攻撃呪文も使っているので勇者かと、それにいくつかのスキルも持っておりまして……」
それを聞いて、ビルの顔色が冷静さを取り戻して頭を回転させた。
「異能力(スキル)持ちの勇者か、しかし勇者パーティーならともかく勇者一人とは……それでも万軍を相手取り優勢を保てるとなると、それこそ伝説級の勇者に限られるが……年が若くてそんな強さなどあり得るのか? だいいち、なんの得があって我が軍に歯向かうというのだ」
少し考えてから、ビルは運転手に命じる。
「よし、その男を見てみたい、私を高台まで送れ」
「かしこまりました」
運転手がアクセルを踏んで、要人用の軍用車両は地を駆けた。
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