第33話 勇者、足を止める

「美人だよ」


 ピタッとレイドの足が止まった。


「なんだって?」

「美人に決まってんだろ、だって俺の姉ちゃん美人だからって理由でランドームに捕まってんだからよ」


 瞬速のムーンウォークでベッドに接近し振り向いてレイドはグリーンに迫り寄る。


「ちょーっとそれ詳しく教えてもらっちゃおうか、ええっと名前は……」


「グ、グリーンだよ、それより言ってなかったか、ランドームの野郎、本当にやりたい放題で、可愛い子や綺麗な子を見つけると全部自分の側室だか妾だか、とにかく自分の女にしちまうんだ。

 姉ちゃんは、父ちゃんも母ちゃんも死んだ俺にとってはたった一人残った大切な家族だったんだ、なのに……」


 グリーンは歯を噛み締め、ランドームへの憎しみを思い起こした。


「ランドームがパレードしている時に、姉ちゃん頼まれごとしてたまたまスラムから表通りに出て、その時運悪くランドームの目に止まっちまった。

 姉ちゃんだけじゃねえ、この街から旅行先の女まで手当たりしだいだ」


「手当たりしだい……」


 レイドの眉がピクリと動く。


「噂じゃランドームの野郎は後宮に数百人の女達を済ませて毎晩毎晩一〇人以上の女達と寝てエロスの限りを尽くして飽きた女は重臣達に褒賞として与えているって話だ」


 レイドの額に次々と血管が浮かぶ。


「そいつらは、王の妻として贅沢に暮らしてんのか?」


「詳しくは知らないけど、おっさん達の話立ち聞きしたら他の国への対面守るために大事にしているのは本妻だか正室だかいう人一人だけで後は全部オモチャにしてるって……とにかく俺の姉ちゃんも含めて酷い扱いされているんだ! だから俺は姉ちゃんを助けるためにも強くなるんだ! これから来る軍隊なんかに負けてる暇なん……か……?」


 そこまで言って、グリーンは尋常じゃない殺気に気付き、うつむいていた顔を上げてみると……


「!!?」


 そこには悪鬼が、いや、邪神がいた。

 レイドの手と額には太い血管が何本も浮かび上がっていた。

 総身の毛が逆立ち、柳眉と目を吊り上げ眉間には深いシワを刻んで鋭い犬歯を剥き出しにしている。

 全身に充溢するのは覇気でも闘気でもない、明確過ぎる殺意。


「あの……おーい、エセ勇者……」


 部屋の空気が一瞬で変わった、深海のように重く、暗いその空気、この部屋にいるだけで半分死んだような気さえする。

 そして……


「ラァアアアアアアアンドォオオオオオオオオオオオオム!!!!」


 比喩表現ではなく、本当に気合だけで周囲の壁にヒビが入り、床が軋んだ。

 指をバキバキと鳴らしてレイドは腰の銀色の小箱に手を突っ込み、中から鎧を出し、それを一瞬で装備、普段の鎧姿になった。


「ブッコロス!!!」


 窓から出ようとして、レイドはエルに呼び止められた。


「ちょっと待てレイド、ヤル気になったのはいいが、スラムの人達がどこに待機しているか知っているのか?」


 だが、その問いの答えは、驚くべき内容で、


「スラムの連中なんか知るかよ、俺は今すぐランドームの首取ってくるだけだ」

「「なっ!!!?」」


 エルとグリーンが同時に絶句して、なんとかエルだけは言葉を発っせた。


「待て待て待て、貴様一人で城に乗り込む気か!? 馬鹿を言うな! 一国の王の城ともなれば、一体何千人の兵がいると思っている!?

 それどころか今日はスラム全てを平らげるために兵を集めている可能性だってある、一万や二万の兵がいる可能性だってあり得るのだぞ!!

 ここはスラムの人間達と協力して――」


「そんなの関係ねえんだよぉおおおおおおおおおお!!!!」


 ドラゴンの咆哮を思わせる怒号でレイドは空気を奮わせた。


「一万二万? 数なんかどうだっていいんだよ!! ランドーム、そいつはこのレイド・ラーシュカフ様がこの世で唯一愛する美女と美少女を!! 美女と美少女を!!!」


 壁に指を突き刺して抉っては突き刺し抉っては突き刺しを繰り返すレイドにグリーンが思わず、


「ちょ、勇者の兄ちゃん宿屋のおっさんに怒られ……」

「ランドーム!!」


 溢れ出した殺気はあまりに巨大すぎて、グリーンの体は硬直して目からは涙が鼻からは鼻水を流してアゴは高速で振動し続けていた。


「髪の毛一本残さねええええええ!!!」


 レイドの足元と窓枠周辺全てが砕け散り、レイドは爆発したように退室した。

 後に残されたグリーンは未だ震えが収まらず、エルは舌打ちをしてレイドの空けた穴から飛び出した。


「あの馬鹿者が……」


 エルもまた、レイドと変わらぬ速力で跳んで行ったのを見てグリーンが一言。


「あいつら何者?」


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