第32話 ラノベ新人賞で落ちる奴


「っで、結果がこれか?」


 次の日の朝、ホテルをチェックアウトしたレイドとエルはスラムの宿屋の一室にいた。

 当然、昨晩の一件があるため、スラムの人には見つからないよう窓から侵入して現在にいたる。


「嫌味言いに来たのかよ……」


 ベッドに座り、腫れた顔を向けて言うグリーンを見ながら、レイドは軽く嘲笑する。


「当然だろ、あーあ、黙って俺の言う事聞いてりゃ良かったのに、おおかた兵士に見つかって殴られたあげく必死になって逃げる最中に回りが暗いせいでそこらじゅうに体ぶつけながら走ったってとこか?」


 ギクリという擬態語が聞こえてきそうな肩の跳ね上がり具合にレイドは一度口笛を吹いた。


「ヒュー、ドンピシャ、だから言っただろ、お前みたいなガキにできる事なんて何もありゃしないって」

「おいレイド、それではあまりに……」

「こんな奴に同情する事ないぞエル、俺は止めたんだからな、人がせっかく止めてやったのにこいつが勝手に自滅したんだ。自業自得だろ?」

「それは……」

「いいよ姉ちゃん、そいつの言うとおりだ」


 意外な言葉に、レイドとエルの視線が集まる。


「そいつの言うとおりさ、俺みたいなガキに……できる事なんて何もないんだ……」


 グリーンの膝に二滴の雫が落ちる。

 涙交じりに、グリーンは声を震わせた。


「そうだよな、最初から……無理だったんだよ、剣もロクに握った事が無くて、落ちてた鉄パイプ振り回したり、そこら辺走り回ったり、そんなんで強くなれたら……誰も苦労なんかしねえよな……俺みたいな、そこら辺にいる子供にできる事なんて……なに……なにもありゃしねえんだよ……」

「……」


 壁によりかかり、レイドは怠慢な息をつく。


「やれやれ、そういうのは大人に任せておけっての、って言いたいけど……どうせなんか理由があってガキなりに頑張っているとかそういうオチなんだろ? とりあえず言っちゃいな」

「……ノリが軽いのは気にくわねえけど教えてやるよ」


 グリーンはボロボロのズボンの裾を握る。


「実は、俺の姉ちゃんはランドームの野郎に捕まっているんだ」

「きちゃったよ、俺の大切な人悪者に捕まってます系」


 ぺしんと額を打ってレイドがやれやれと首を振る。


「ありきたりなんだよ、今時古いんだよそんな設定も展開も使い古されてるんだよ、次はもっと過去の作品とか研究して展開練り直して来い」

「レ、レイド、貴様何を言って――」


「だいいちあれだよ、どうせこの後散々ダークキャラ的行動してた俺が少年の隠れた事情に心を打たれてお前らの仲間になるとかそういう展開だろ? 先見えるんだよ、そんなモン書いたって誰も喜ばねえよ、ライトノベルだったら間違いなく審査員に〈ありがちで先の展開が見えてしまい、予想通りの結末がつまらない〉っていう欄に丸をつけられちまうんだよ」


「おい、レイド?」


「お前みたいに人生そのものがベタな奴はライトノベルの新人賞に作品を送ってもどうせ〈作者の自己満足に終わってます〉とか〈主人公が既存のキャラと差別化できていない〉とか〈細かいところがいいかげんで、読者に疑問を抱かせ物語世界から「素」に戻してしまう〉とかしまいには〈小説を書くだけの文章レベルに至っていない〉なんて書かれ、トドメの一撃とばかりに〈プロを目指すのであれば、倍旧の努力と研鑚が必要です。がんばってください〉って書かれた評価シートをもらうハメになるんだ。

あとヒット作を切り貼りしたオマージュ品送る新人多いけどそれが通じるほどこの業界甘くねえんだよ!!」


「あんたなんの話してんだよ!?」


 グリーンにツッコまれて我に返ると、レイドは咳払いをして誤魔化す。


「おっと悪いなつい趣味病が出ちまったぜ」

「まったく、そういう貴様こそ無意味なギャグ展開で雰囲気を壊し話のテンポが悪い作品しか書けないんじゃないのか?」

「何言ってんだ、俺は一〇歳の時から数えてポルノ小説で賞を八回も取った事があるんだからな」

「「ポルノって何だ?」」


 エルとグリーンが同時に小首を傾げて、レイドはエルの耳元で囁き。


「ボアハァ!」


 エルのミュールのカカトが喉に直撃して、レイドはその場に倒れた。


「子供の前で何を口走ってるんだ貴様は!」

「姉ちゃん、ポルノって何?」

「いや、子供は知らなくて、知らなくていいんだ、うん」


 頭上に疑問符を浮かべるグリーンに慌ててエルが誤魔化すと、早くもダメージを回復させたレイドが、


「まあとにかくそういう訳だ、お前の姉ちゃんが何したか知らねえけど、お前みたいなアホ面の姉ちゃんだ、どうせ対して美人じゃねんだろ? 悪いけど俺は王道展開進む気ねえから、俺らはもう行くぜ」


 退室しようとするレイドに、グリーンが呟いた。


「美人だよ」


 ピタッとレイドの足が止まった。


「なんだって?」

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