第31話 勇者と少年


 数時間後、まだ月が空に浮かぶ深夜にレイドはふとトイレに起き上がった。

 そして、用を済ませてからベッドに戻る時、


「んっ?」


 レイド達が部屋を取った三階の窓から歩道を見下ろすと、グリーンが走ってどこかへ行くのが見える。


「……」


 エルが良く寝ているのを確認して、レイドは窓の外へと飛び出した。



   ◆



 月明かりと電灯の明りだけが頼りの夜道、冷たい夜風が頬をなでる。

 グリーンはランドームの城へと通じる無人の道をひたすら走っていた。

 まわりに注意を配りながら、誰にも見つからないように、だから目の前に大きな影が出てきた時には驚き、思わず尻餅をついてしまった。


「痛って……」

「なーにやってんだお前は?」


 レイドの顔を見て、グリーンはギョッとして後ろに転がってからようやく立ち上がった。


「なんだ、さっきのエセ勇者かよ」


 悪態をつくグリーンに渋い顔をしてレイドも言う。


「エセとは何だエセとは、勇者はみんなこんなだっての、俺がエセならこの世の勇者はみんなエセだよ」

「ああそうだ、この世の勇者なんてみんなニセモンだ!」

「伝説の勇者もな」

「!?」


 グリーンの表情がまた数時間前のように固まった。


「魔王を倒す勇者の伝説、魔族に捕らわれた姫君を助ける勇者の話、その全ては種族差別の歴史書だったってわけだ、自分達が悪いのに、都合の悪い事はぜーんぶ魔族のせいにして、なんで魔族が人間を襲うのか理由も聞かずに殺してんだから、お前の好きな本や伝説の勇者様も随分残酷な事するよな」

「うるさいうるさい! そんな話聞きたくない! 俺は、俺はそんなふうにはならない、俺はいつか誰もが認める勇者になってみせる! それに、悪いのは魔族じゃなくて人間だって? そんな証拠どこにあるっていうんだ」


 レイドの目が切れ味を増した。


「それこそアンタの作り話――」


 レイドの殺気がグリーンに向けられ、グリーンの喉が止まった。

 エルの涙を、悲痛な訴えを思い出しながらレイドは、


「何も知らないガキが、二度とそれを口にするな」


 と、忠告して、グリーンは無言のままに頷いた。


「っと、それであんたは何してんのさ?」

「俺か? 俺の泊まっているホテルからお前の姿が見えてな、ガキが馬鹿やる時の背中してたんで気になってな、それでなんだ? まさか一人で城に行って兵士の装備に裏工作でもしようってか?」


 舌打ちをして、


「そうだよ! 明日の朝、俺は子供ってだけで大人達は戦わせてくれねえ、だから何かの役に立ちたくって」

「はっ、王の城がお前みたいなガキに忍び込まれるようなセキュリティだったらそれこそこの国も終わりだな」

「あんな奴が王だったらどのみちこの国は終わりだ、言っとくけど、止めても無駄だぜ」

「やめとけやめとけ」

「っっ、止めても無駄って言ったばかりだっつの!」

「無駄無駄、お前みたいな何の力もないクソガキにできる事なんてありゃしねえよ」


 笑われて、グリーンは拳を振るわせた。


「女女って、女の事ばっか考えているあんたに言われたくねえよ!」


 レイドの横を通り過ぎようとして、ふとレイドが口走る。


「男が女の事考えて何が悪い?」


 足を止めて、「は?」と聞き返す。


「女はいいぞ、つっても美女と美少女に限るからな、あれは本当に最高だ、可愛いし綺麗だし柔らかいし気持ちいし、下の毛も生えてねえようなお前に言ってもわからねえかも知れないけどな……」

「ほんとエロいなあんた、どうせいつも女の胸や尻触る事しか考えてねえんだろ?」


 鼻を鳴らすグリーンを見て、レイドはニヤリと笑うとグリーンの耳元に口を寄せた。


「この俺がその程度で収まるわけねえだろ」

「なんだよ、胸や尻触るよりエロい事があんのかよ?」

「あるぜえ例えば〈作品のモラルを守る為、レイドのセリフの大部分をカットさせていただきました。《勇者と魔王の逃避行》は全年齢対象の清く正しいフレッシュなライトノベルです〉」

「なぐあッッ!!!???」


 グリーンの顔が爆発しように赤くなり、意味不明の声が漏れた。


「驚くなよ、お前の親父と母ちゃんだってやってた事なんだからよ」

「バ、バカにすんなよ、俺の親はそんな変態じゃねえ!」

「じゃあお前は拾われっ子だな、だって今言った事しねえとお前生まれねえもん」

「ッッ……」


 グリーンの肩に腕を回して、


「解ったか? この世はな究極的にエロくて破廉恥な事やって成り立ってんだよ、この世からエロスが無くなったら人類滅亡だぜ」

「で、でもみんながしたって俺は絶対にそんな事しないからな!」

「別にいいぜ、そんときゃお前は利き手が恋人の悲しい人生送るだけだ」

「わけわかんねーこと言ってんじゃねえ!」


 レイドの腕を振り払い、グリーンは城へとズンズン進む。


「ったく、エロバカ勇者の話聞いてて予定が遅れちまったぜ、俺はもう行くからな!」


 離れる背中に、


「なあ、お前産んだの誰だ?」


 背を向けたまま、


「母ちゃんだよ」

「お前にオッパイ飲ませて育ててくれたのは?」

「母ちゃんだよ」

「母ちゃんは男か?」

「んなわきゃねえだろ!」


 振り返って握り拳を向けるグリーンに、


「将来、お前に好きな奴ができて、さっき言った事やってお前の子供産んでくれるのは男か?」

「あんた俺のことバカにしてんのか?」


 額に血管を浮かび上がらせるグリーンへさらに追加する。


「今言った事、忘れるなよ、男が女に興味無くすってのは、死ぬのと同じなんだよ」


 急に穏やかな顔でそう語るレイドにやや驚いて、だがすぐにグリーンは振り返って歩きだした。


「わっけわかんね! じゃあなゲス勇者」


 立ち去るグリーンの姿に嘆息を漏らし、レイドはホテルへ足を戻した。

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