第30話 勇者の現実

「おめーバッカじゃねえの?」


 全員の動きが止まった。

 予期せぬ、絶対にあり得ない言葉に、誰も対応できなかった。


「お前さ、その話よっく思い出してみな、その勇者、最後には悪い奴の財宝手に入れたり捕らわれの姫と結婚してその国の王様になってたりしないか?」

「あ……」


 グリーンの顔から力が消える。


「そうじゃない話や伝説も、それって実話か?


 どっかの誰かの作り話や小説家の書いたフィクションじゃないのか?

 本当だとしてお前はそれを確認したのか?

 そんな勇者が存在する証拠はどこにある?」


「そ、それは……」

「救いのヒーロー? 正義の味方? あのなあ、世間が勇者に抱いているのはぜーんぶ庶民がこうあって欲しいと思った願望で理想像に過ぎねえ、はは、そうだよ言っちまえばなあ、全部嘘っぱちなんだよ!!」


 グリーンは一歩下がり、うろたえて言葉が出ない。


「勇者ってのは肉弾戦と魔術戦の両方ができる奴が取得できる資格で称号名、道徳の授業は学校にあったけどあれはペーパーテスト無いからある一定以上の戦闘能力さえあれば誰でも勇者になれるんだよ。

 それになあ、勇者ってのは結局のところ戦人、仕事は報酬と引き換えにモンスターや盗賊を倒す事で人を助ける事じゃあない。

 たまったま戦う相手がてめえら民衆を苦しめる奴らだから、おめえらが勝手に祀り上げて勝手にありがたがって勝手に正義にしただけ、実際の勇者なんてのはどいつもこいつもより多くの依頼を受ける為に、そして名声を高めてどっかの王族に召抱えてもらうために点稼ぎに躍起になってる連中ばかりだ。

 知ってるか? ド田舎に勇者がいなくて都会や観光地に勇者が多く立ち寄る理由」


 後ずさり、僅かに震えるグリーンにレイドは告げた。


「話題性のある有名な場所で活躍したほうが地位も名声も上がりやすいからだよ」


 グリーンの体がビクッと震えた。


「で……でも勇者様達はみんなを救うために、みんな……みんな魔王を退治しようとしてるって」


「お前それ信じてんだ! そんなの魔王軍と戦う勇者様一行って言えばどの街でも優遇してくれるし、魔王を退治すれば王族に召抱えてもらえるどころか王族と結婚できるかもしれないからなあ、富や名声、地位と権力がだーい好きな勇者はみんな打倒魔王を語るに決まっているだろ?」


 もう、誰も何も言わなかった。

 グリーンを中心に、全ての男達が絶望し、失望した様子でレイドを見ていた。


「まして俺らは明日にはこの大陸を出る身だ、今さらこの大陸で知名度上げたって意味ねえんだよ、てめえらが奴隷になろうが苦しもうがそれこそ死のうが俺の知ったこっちゃねえ、ほら行くぞエル」


 手を引かれながら、エルだけはまだ抵抗した。


「待てレイド、ここまで聞いてお前は本当にこの者達を見捨てるのか!?

 貴様とて最初からそんなふうには思っていなかった筈だ!

 あの少年のように、皆を救う眩しい輝かんばかりのヒーローを信じて勇者を目指したのではないのか!?

 その気持ちは本当にもうないのか!?」


 階段を上がる途中でレイドが足を止める。


「私は……貴様がどのように裏切られたのかは知らない、貴様も、本当の勇者を知って、あの少年のように絶望したのだろう? 哀しかったのだろう? それで――」


 エルへ振り返ってレイドは静かに語る。


「裏切る? 俺は最初からただ女が欲しかっただけだ、勇者っていう単語を教えてくれた親父も最初から真実の姿を語った上で、だけど世間ではこう勘違いされているって付け加えてたしな」

「そんな……」


 少しエルを眺めてから、レイドは冷め切った視線を今一度グリーン達に戻した。


「いいこと教えてやるよ、この戦争の原因は人間にある」


 全員の顔が上がり、一斉にレイドに注目した。


「魔族は平和に暮らしているだけだった。なのに人間達が種族差別で一方的に弾圧して魔族を虐殺していた。それで魔族が仲間を守るために戦うとあたかも一方的に襲われたように言いふらして魔族を悪党に仕立て上げて人間達でよってたかって魔族を虐殺してたんだよ。

 罪も無い魔族を殺して正義の味方面して、報償金もらって、何人もの善良な魔王を自分の欲を満たす為に殺して、人間達が魔族の掃討戦に入ってそれを阻止するために大陸中の魔族が奮起したってわけだ。

 あっ、そうだこれっておまえらとランドームの関係に似ているな、本当に人間って奴はつくづく……」


 レイドの目の温度が零点に達した。


「救いようが無えな」


 最後の一言と同時にレイドの眼光が男達を射抜いた。


「行くぞ」


 今度はエルが抵抗しなかったため、レイドは楽に階段を上ってスラムを抜け、ホテルに戻る事ができた。

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