第29話 暴君の圧政


「だってのによー」


 皆の目に涙が浮かび、一人が叫ぶ。


「ランドームの野郎、俺らのスラムを潰してショッピングモールやらレジャー施設作るから全員退去しろとかぬかしやがった!」


 その言葉に、レイドが反応した。


「退去? 退去場所は用意されてんのか?」

「用意されちゃいるが、俺らの退去場所は山奥の鉱山だ!」

「ランドームの野郎は俺らを貧民どころか奴隷にする気なんだよ!」

「なんと酷い男だ、その者はそれでも王なのか!?」


 叫んだのはエルだった。


「王とはその国の象徴にして中心、なればこそ王は万民全ての奉仕者であらねばならず、国民の事を一番に考え常日頃から国の未来の為に尽力し必要とあらば自らの命すら惜しむ事無く民草に幸福と安寧を与えねばならぬ!!」


 気付けば、誰もがエルの言葉に耳を傾けていた。

 力強い声、確かな意志の込もった眼差しと凛とした佇まいに全員が魅入る。


「誰もが希望を持てる社会体制を築き上げ、それでも人生に彷徨う者がいれば王自らが導き夢を見せてやる。

 それこそが王という者のあるべき姿だ!!」


 言い切って、男達が沸きあがった。


「そのとおりだ!」

「ねえちゃん分かってるじゃねえか!」

「俺らより若えのにしっかりしてやがんな!」

「あんたが王様なら良かったのによー!」


 相手が齢(よわい)八〇〇歳にして人類を絶賛滅亡させている人類の怨敵、魔王エルバディオス・フェレスカーンだとは知らずに褒め称える男達を見て、レイドは一つの大きな溜息をついた。


(日本て国の知らぬが仏って言葉はこういう時に使うんだろうな、しっかし……)


 男達から視線をエルに移して、レイドは目を細めてアゴに手を当てた。


(今までの話を統合しても、やっぱエルの王として自覚、責任感は異常と言ってもいい、実際にそれだけの器もある。

 それでも、エルが魔王をやらなきゃならない理由にはならねえ……)


 男達の、民衆の嬉しそうな顔を見るエルの手を引いて、進み出ていたエルを自分の横に戻す。


「はいはい、とりあえずこの国のランドームって王がとんでもねえ暴君で、それであんたらがすげー困ってるってのは分かったけどよ、それで俺らには具体的に何して欲しいんだ?」


 レイドに言われて男達は表情を改める。


「そ、そうだ、それでだな、ランドームの野郎、俺らが退去に応じないなら実力行使でって事で明日の早朝に軍を使ってこのスラムを強制解体する気なんだ」

「でも俺達はそんな事にゃ屈しねえぜ、みんなで戦って追い返すつもりだ」

「数は俺らのが上だ、つっても相手は武装した兵隊、数が多いだけじゃ心もとない」

「それで強力な助っ人でもいてくれりゃ心強いんだが……」

 グリーンがレイドを見上げる。

「兄ちゃん勇者なら戦いのプロなんだろ? 俺らを率いてランドームの奴と戦ってくれよ!」


 エルの語りで士気の上がっていた男達も頷きレイドに注目して。


「頼むよ兄ちゃん!」

「ヤダ!」


 時が止まること今度は一〇秒、


「えっと……勇者の兄ちゃん俺らの話聞いてたよね?」

「聞いたぜ、ようは軍隊と派手にケンカしてくれって事だろ? でもあんたらさっきから自分達で言ってんだろ、重税乗せられている貧民だって、コレ払えんのかよ?」


 レイドは右手の人差指と親指で胸の前に丸を作って質(ただ)す。

 男の一人が、


「えっと、お金?」

「そう、ギャラだよギャラ、ギャランティー、金が無けりゃ美女でもいいぞ、それも絶世のな」


 絶世の美女と言われて、男達はエルを見てから、


「そんな、ただでさえこのスラムには若い女が少ないのに絶世の美女なんて言えるような女なんて……」

「それにあんたの言う通りこんなスラムだし……でも緊急用の予算にみんなで金出し合えば一万ギルトくらいは――」


 愛想笑いを浮かべた男にレイドは鼻で笑った。


「はんっ、一万ギルト? そんなの俺の持ち金の一パーセントにも満たねえよ」


 男達の口は驚愕に開いたまま塞がらなかった。


「話はそれだけか? じゃあ俺らは帰るからな、行くぞエル」

「なっ、少し待てレイド、本当にこの者達を見捨て――」

「ちょっと待てよ!!」


 エルよりも大きな声で呼び止めたのはあのグリーン少年だった」

 目に涙を浮かべ、息を荒げてレイドの背に声を張り上げる。


「あんたそれでも勇者かよ!? 勇者ってのはみんなを救ってくれるんじゃないのかよ!?」


 涙を拭い、グリーンは続ける。


「俺が小さい時から、もう死んじゃったけど、父ちゃんや母ちゃんから聞いた伝説や拾った本に書いてあった勇者はあんたみたいなのじゃない!

 もっと優しくて、大きくて、困っている人がいたら無償で自分の命も顧(かえり)みずに悪い奴らを倒してくれていた!

 なのにあんたさっきから聞いてたらギャラだの女だの、それじゃまるでランドームと変わらないじゃないか、あんたのどこに正義があるんだよ!?

 それともあの時兵隊に絡まれていた女の子助けたのは嘘かよ!?

 俺を助けてくれなかったのが本当の姿か!?

 あれにはなんか事情があったんじゃねえのかよ!?」


 それは、幼い頃から勇者を、正義の味方の存在を信じていた少年の魂の訴えだった。


 全ての人達を悪から救ってくれる、そんなスーパーヒーローを望んでいたグリーンに、勇者レイドの存在はあまりに残酷だったのだ。


 グリーンに続くように、周りの男達も口々に言う。


「そうだそうだ、てめえそれでも人間か!?」

「血も涙も無い魔族と一緒じゃねえか!?」

「ランドームが魔王ならてめえも鬼畜魔族となんら変わらねえ!」


 男達の言葉にエルの表情が暗く沈んだ。

 そして、レイドは振り返ってグリーンと向かい合うと、悪党の面構えで思い切りグリーンを見下ろした。


「おめーバッカじゃねえの?」

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